粘着クリーナー「コロコロ」驚きの誕生秘話に見る、熱き開発魂と究極のアイデア
「コロコロ」には随分お世話になっている。服の埃を取ったり、床の汚れを掃除したり、愛犬が存命だった頃は、その毛などを取るのに重宝した。粘着カーペットクリーナー、その名も「コロコロ」と言えば、今や多くの人が知っているだろう。実はこのアイデア商品は日本で誕生した。
大阪に本社のある日東電工株式会社は、100年余りの歴史を持つ総合部材メーカー。産業用の主力商品である粘着テープの技術を、一般家庭の暮らしの中で活かすことはできないかと、新商品を開発するプロジェクトチームを立ち上げた。1975年(昭和50年)には、その組織を独立させて「株式会社ニトムズ」という新会社にした。本社は東京。ニトムズの使命は、新しいヒット商品を開発すること。“粘着技術”を応用した新製品を生み出すため、月に100件を目標にして次々とアイデアを出していた。窓ガラスに貼って暖かさを保つ断熱シート、ゆで卵の殻むきテープ、そして産毛を取るテープ、しかしなかなか決め手を欠く中で、商品化されたのはゴキブリを捕獲する棒だった。長さ40センチの棒の先に9センチ四方の粘着テープが付けられていて、ハエたたきのようにゴキブリをキャッチしてテープごと捨てる。商品名は「ゴキ逮捕!」。テレビコマーシャルも作って大々的に売り出したが、そこに予想もしなかった問題が持ち上がった。
実際に使ってみると、ゴキブリの動きが早すぎて簡単に捕まえることができない。おまけに、壁や家具のすき間に逃げ込まれると、もう手が出ない。画期的な新製品だと思われた「ゴキ逮捕!」はまったく売れずに、会社の倉庫には在庫の山が積み上がった。そんな売れ残り品の整理をしようと倉庫にいた開発スタッフは、ある日、その倉庫で不思議な光景を目にした。ひとりの女性社員が梱包用の粘着テープをぐるぐると丸めて、自分の服についた小さなごみを取っていたのだった。「これだ!」。動くゴキブリを獲ることはできなかったけれど、動かないごみや埃なら取ることができる。「これは新しい掃除道具になる」開発チームが動き出した。まさに発想の転換だった。
ペンキを塗るローラーを参考に、T字型をイメージした。丸い筒に粘着テープを巻いて、それを転がすことで何度も使用できる仕組みにした。開発のポイントは2つあった。まず「粘着力の強さ」。弱いとごみを取り切れない、強いと床などにくっついてしまいスムーズに転がらない。何度も接着剤の配合をくり返し、その厚みまで調整した。次に「接着剤の塗り方」。全面に塗るのではなくテープに“すじ状”に塗ることで表面が凹凸になり、カーペットの奥にある埃まで取りやすくなった。
使う人の立場になっての工夫はまだまだ沢山あった。転がす方向に向けてテープに矢印を印刷した。ごみの取れ具合が分かるように、テープの色は白にした。使用済みのテープは切り取って、1枚剥がすと次の新しい部分が出てくるようにしたが、テープの端は粘着加工せずに、剥がしやすくした。柄の長さも使う用途に合わせて、長いもの短いもの、種類を豊富にした上、その後は伸縮できる商品も開発した。
1983年(昭和58年)に完成した粘着カーペットクリーナーは、発売と同時に人気商品になった。お店を訪れる人たちの多くが「あの“コロコロするもの”がほしい」と買い求めてきたため、2年後には商品名を「コロコロ」として商標登録した。日本で生まれた画期的な掃除用商品「コロコロ」の誕生だった。
「コロコロ」の進化は続く。用途に合わせて様々な種類の「コロコロ」が登場した。例えば洋服用は、服の繊維が毛羽立たないように粘着力を控えめにした。一方、車用は、車内の床の砂の粒なども取ることができるように、逆に粘着力を強めにした。カーペット、フローリング、そして畳など、どんな床でも掃除ができる「フロアクリン」は、まさに日本の生活様式の変化と共に歩み続けている。指紋の汚れを取る「指紋コロコロミニ」、スマートフォン表面をきれいにするユニークな商品も登場した。現在も家の中で自然に溶け込むデザインや使用方法の追求が続いている。日本生まれの「コロコロ」は海外にも進出し、中国、韓国そしてアメリカでも人気の商品に成長した。
使う人の立場になってアイデアを出し合う中で生まれた画期的な掃除道具。「コロコロはじめて物語」のページには、日本の文化の歩み、その確かな1ページが“自慢の力強い粘着力で”しっかりとキャッチされている。
【東西南北論説風(367) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】
※CBCラジオ『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』内のコーナー「北辻利寿の日本はじめて物語」(毎週水曜日)で紹介したテーマをコラムとして執筆しました。