隧道王国に眠る明治初期竣工の廃隧道「牛ヶ谷の地道」 名もなき道に存在した廃隧道の真相に迫る

全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』では、道マニアがイチオシの道を紹介。今回は、静岡県にある“廃道”を巡りました。(この記事では道情報だけをまとめてご紹介します) ※廃道は危険ですので、むやみに立ち入らないでください。
山中の廃道に眠る素掘りの隧道「牛ヶ谷の地道」

静岡県掛川市は、東西に「東海道」、南北には塩の道とも呼ばれる「秋葉街道」が通り、かつては交通の要衝でした。人々の往来が盛んな土地柄ゆえに、隧道が数多く開削され、道マニア界では“隧道王国”とも呼ばれています。
掛川駅の南を走る県道38号の旧道には、明治38年竣工の「岩井寺(がんしょうじ)隧道」が存在。今も現役で使われており、総レンガ造りで端正な姿をしています。

この岩井寺隧道ができるまで使われていたルートがすぐ脇の廃道にあり、斜面の上には明治12年竣工の素掘りの隧道「牛ヶ谷(うしがたに)の地道(じみち)」が残っています。この地域では当時、“隧道”のことを“地道”と呼んでいたことから、地名の「牛ヶ谷」と合わせてその名が付けられたそう。

県道38号の前身にあたるこの道は、かつて「掛川大坂(かけがわおおさか)往還」と呼ばれ、掛川市の大坂から北へ海産物や塩が運ばれていました。
荷車が通ることを前提に造られているため、隧道内の道幅は広く確保されています。坑口は土砂がたまっていますが、今も貫通しており、反対側の坑口の明かりを確認することができます。
さらに、この牛ヶ谷の地道の真上には、江戸時代から明治初期にかけて造られた深い切り通しが存在。切り通しから牛ヶ谷の地道、そして岩井寺隧道と、時代とともに峠を越える道が移り変わっていることを感じ取れます。
「西大谷隧道」の前身の隧道が存在していた!?廃隧道を探索

古い地形図を眺めるのが好きな道マニアが、昭和31年測量の地形図から名もなき道に記された隧道を発見したと言い、調査することに。
掛川市にある「西大谷(にしおおや)隧道」の北側を走る県道251号沿いにかつて使われていたその名もなき道があり、隧道の坑口を表す地図記号が描かれています。
その隧道と西大谷隧道は両方とも東西に往来する道で役割が同じため、新旧の関係にあると道マニアは考察し、山中を探してみます。しかし、一帯を入念に探索するも道は見つからず、道の痕跡も見つけることができませんでした。
道の探索をあきらめ、地元の方に聞き込みをして真相を確かめることに。探索場所の周辺に山を所有している方によると、県道251号沿いに隧道は確かにあったそうですが、65年前には崩落し、穴がふさがれ通れなかったとのこと。

その隧道は100年以上前、山芋を掘りに行くために使われていたようですが、隧道の名前は聞いたことはないそうです。また、西大谷隧道の銘板には“昭和51年竣工”と書かれていますが、それは改修工事した年だそう。かつては素掘り隧道で、約75年前には使われていたと言います。
CBCテレビ「道との遭遇」2025年3月11日(火)午後11時56分放送より
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