人類と鉄の歩みから読み解く。日本製鉄の米USスチール買収と世界経済の行方
昨年10月、日本製鉄によるアメリカUSスチールの買収計画が発表されました。先日のアメリカ大統領選によって今後、影響が出ると見られています。11月18日放送の『CBCラジオ #プラス!』では、CBC論説室の石塚元章特別解説委員がこのニュースと共に「人類と鉄の歴史」「世界経済と鉄」について語りました。
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この記事をradiko(ラジコ)で聴く大統領選が揺さぶる買収計画
鉄鋼業界は、国内需要が伸び悩む中、中国の経済低迷により過剰生産された鉄が市場に流れ込んで価格が下がっている状況。
アメリカは先進国の中でも人口増加が続いており、これが鉄鋼需要の安定や成長を支える要因となっています。
日本製鉄は生き残りを図るため、アメリカの鉄鋼会社を買収しようとしていましたが、この戦略が順調に進みかけていた矢先、アメリカ大統領選挙の結果で状況が複雑になりました。
USスチールの本社があるペンシルベニア州は、大統領選の激戦州。トランプ氏、ハリス氏にとって労働者票は非常に重要であるため、両者とも「買収反対」の姿勢を取りました。
楽観的な見方も一転?
先日行なわれた日本製鉄の幹部の会見では、現在のバイデン政権下において「年内には買収が完了する」という楽観的な見方を示していました。
しかし、複数の専門家は「バイデン氏は大統領任期の終盤に差し掛かっており、こういった複雑な問題に関与したくないという意向から、次期政権に委ねる可能性がある」と指摘しています。
トランプ氏は交渉好きとして知られているため、仮にこの買収計画を承認したとしても「アメリカでの雇用拡大」「アメリカへのさらなる投資」など、さまざまな要求を突きつけてくる可能性があります。
しばらくは目が離せない状況です。
鉄の加工技術の進化
ここからは、人類にとって非常に大きな意味合いがある「鉄」の歴史をさかのぼります。
鉄は地球上に豊富に存在する資源。その主な原料は鉄鉱石ですが、地球の質量の3分の1は「鉄になれる素」ではないかといわれています。
「いつか枯渇する」といわれている資源と比べると、かなりふんだんにあるものです。
製造・加工の技術を生み出すまでは多くの困難を伴いましたが、それが確立されてからは比較的簡単でした。
さまざまな素材を混ぜたり、熱処理の方法を変えたりすることで、鉄の特性を調整し、硬い鉄、柔らかい鉄、加工しやすい鉄など、目的に応じた性質を持つ製品を作り出すことができます。
また、リサイクルしやすいことも特徴です。鉄をスクラップとして回収し、再処理して新たな鉄製品にするというサイクルが確立されています。
鉄の歴史と文明開化
このように豊富で使いやすい鉄は、人類と大変相性がいい素材です。
紀元前1600年頃に、今のトルコ周辺にあった「ヒッタイト王国」が、鉄鉱石から鉄を生み出し加工する技術を確立したといわれています。
紀元前5000年頃は、地上に落ちてきた隕石に含まれる鉄の成分を利用して、装飾品として利用していたと考えられています。
18世紀頃の産業革命で、鉄の大量生産の技術が確立しました。
明治時代の日本は文明開化の時期で、急速に西洋化が進みました。特に、鉄道網の建設、近代的な建物や橋の建設などが進められ、鉄の需要は急増しました。
鉄鋼業の発展と再編の歴史
しかし、国内には鉄を生産する技術がなかったため、鉄はほとんど輸入に頼らざるを得ない状況。
これにより、日本の国際収支は赤字になり、鉄の輸入に伴う財政的な負担が大きな問題となったのです。
早急な対応が求められる局面で、銑鋼一貫製鉄所の「官営八幡製鐵所」を作ります。
その後、八幡製鐵と富士製鐵が合併して「新日本製鐵」となり、その後住友金属工業と合併して「新日鐵住金」となり、最終的に社名を「日本製鉄」に変更しました。
このように、日本の鉄鋼業は時代ごとの課題に対応しながら、再編と成長を繰り返してきました。
新興国が及ぼす影響
最後は「世界経済と鉄」についてです。
鉄は、工業化の基盤として世界中で大変重要な役割を果たしてきました。経済が発達した国々も、発展を目指す国々も、鉄を一生懸命生産し、加工してきた歴史があります。
特に近年では、新興国である中国やインドが注目されてきました。
中国では、供給過剰が課題となっています。加えて経済の減速に伴い、安価な鉄鋼が海外市場に流出するという問題も生じています。
鉄鋼市場の競争激化
韓国の大手鉄鋼メーカー「ポスコ(POSCO)」は、韓国国内の需要が飽和状態になっているため、海外市場に積極的に進出し、特にインドの製鉄会社との連携を深めようとしています。
これはインド市場が持つ大きな成長可能性を見据えた動き。経済の発展と人口増加に伴い、鉄の需要も飛躍的に伸びると見られていて、日本の製鉄会社もインド市場に注目しています。
鉄はインフラや工業の基盤としてなくてはならない存在。だからこそ、世界経済では鉄の需要と供給がどの国で多いか、どこで余剰が出ているかが重要な指標になります。
この流れの中で、日本製鉄がアメリカの製鉄会社を買収しようとした事例は、政治や経済の複雑な絡みを浮き彫りにしています。
(minto)