静かな山中にレールが残る「入川山林軌道」 埼玉県秩父市の廃線跡から歴史を紐解く旅

全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』では、道マニアがイチオシの道を紹介。今回は、埼玉県にある森林鉄道跡を巡り歴史を紐解きました。(この記事では道情報だけをまとめてご紹介します)
レールが残る森林鉄道「入川森林軌道」の歴史

埼玉県秩父市(ちちぶし)にはかつて、森林鉄道「入川(いりかわ)森林軌道」が存在。
「廃線になる前には、銭湯やパチンコ屋さんなどの娯楽施設があったという噂がある」と道マニア。真相を突き止めるべく、国道140号から分岐する道から、「入川森林軌道」の廃線跡を目指しました。
大正5年、森林資源の確保や林業の研究を行うために東京大学が創設した「秩父演習林」。大正12年に伐採した木材を搬出するための鉄道の建設が決まると、その工事は小森川沿いで森林鉄道を管理していた民間会社が請け負いました。
工事開始6年後の昭和4年、2.5kmの軌道が敷設され、徐々に木材の搬出が行われるようになります。その後も延伸工事が進み、昭和11年に全長約6kmの入川森林軌道が完成。40年にわたって稼働を続けてきましたが、昭和44年、伐採可能な樹木の枯渇と国道の建設により廃線となりました。

国道140号から分岐してすぐのところには民家の跡があり、その先は現在登山道として開放されています。険しい山道を辿ると、レールが残る路面や、岩が削られた片洞門の姿が。かつて森林軌道があったことがうかがえます。

さらに進むと、「赤沢谷の出合」が現れます。「ここが『入川』の起点。『荒川』とも呼ばれ、スタート地点ということで石碑がある」と道マニア。埼玉県と東京都を流れる、全長173kmの「荒川」。上流部の秩父を流れる川は「入川」と呼ばれ、起点はこの場所だとされています。

この場所から上部軌道はモミ谷まで約2.4km続いており、傾斜が急な区間にはワイヤーロープを使って木材や荷物を運搬する“索道(さくどう)”が設置され、索道を使って木材を下ろしていたそう。道中には、簡易索道のワイヤーの痕跡が今も残ります。
入川森林軌道には銭湯や娯楽施設がなかった!?噂の真相が判明

今回の旅では「入川森林軌道」の終点に辿り着くことができず、森林インストラクター・山中正彦さんにお話を伺いました。
当時はまだ国道が整備されておらず、森林軌道の拠点の川又へ運んだ木材は索道を使ってその先へ運んでいたそうで、郵便物等も索道で運んでいたとのこと。最盛期は入川の集落に70戸の住宅があり、事業所や貯木場もあったそうですが、銭湯や娯楽施設はなかったとのこと。

秩父市の中津川には、かつて140種類もの鉱物を産出した「秩父鉱山」が存在。最盛期には800人ほどの人が働き、鉱山地帯には3000人近くの人が住んでいたと言われています。
山の中の一つの町とも呼ばれ、銭湯や娯楽施設、学校もあったそう。「入川森林軌道には銭湯や娯楽施設があった」という噂は、秩父鉱山のことを指しているのではないかと山中さんは言います。
CBCテレビ「道との遭遇」2025年4月29日(火)午後11時56分放送より
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