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バンテリンドーム周辺は川が多かった!?愛知・名古屋の暗渠道をたどって歴史の紐を解く旅

バンテリンドーム周辺は川が多かった!?愛知・名古屋の暗渠道をたどって歴史の紐を解く旅
CBCテレビ『道との遭遇』

ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、川が流れていた場所の上にできた“暗渠道(あんきょみち)”をこよなく愛する道マニア歴15年の髙山英男さんが、愛知県名古屋市にある暗渠道から歴史を紐解きます。

バンテリンドーム周辺は川の宝庫!?かつて川だった暗渠道を探索

CBCテレビ『道との遭遇』

髙山さんと一緒に旅をするのは、中日ドラゴンズOBの荒木雅博さん。2人が訪れたのは、大曽根駅近くにあるバンテリンドームナゴヤ(以下、ドーム)。

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(道マニア・髙山英男さん)
「『曽根』というのは、河川の氾濫地や自然堤防が形成された場所のことを言う。大曽根辺りは、川とゆかりの深い土地」

かつては庄内川や矢田川の支流が大曽根周辺に多く存在し、今では暗渠になっていると言う髙山さん。まずは、ドーム北のエリアを探索することに。歩くこと5分。バス専用の高架「ゆとりーとライン」の真下に辿り着くと…

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(道マニア・髙山英男さん)
「ゆとりーとラインの真下を走る幹線道路は、大幸川(だいこうがわ)の暗渠道。この辺は田んぼが多かったので、水を供給する農業用水の役割もあった。下流の方は昭和初期に暗渠になったが、この辺は昭和40年代に暗渠になった」

古地図と見比べると、砂田橋交差点の下には川の姿が見られます。1997年にドームが建設される前、大きな工業地帯だったこのエリア。

街に都市化が求められた際、工場の多い上流より下流の区画整理が優先されることに。その結果、早くに暗渠化した下流に比べ、上流では川の姿を長く見られたようです。

CBCテレビ『道との遭遇』

さらに大幸川の上流を辿ると、千種区・竹越(たけこし)に到着。地元の方によると、大幸川はすぐ近くを流れる「香流川(かなれがわ)」を水源とし、大曽根を通って堀川まで流れていたとのこと。

香流川付近に流れる矢田川や庄内川は水量が多く、その氾濫によって大曽根は度々浸水の被害を受けたと言います。

また、ドーム周辺は北を大きな河川に、南を丘に囲まれた平地で、矢田川から染み出した伏流水が豊富なエリア。そのため、平地から湧き出した水が水路となり、大曽根にはそのような川筋がいくつも存在していたそうです。

街の姿が大きく変貌した「西道川」の暗渠道

CBCテレビ『道との遭遇』

続いて2人は、ドーム南のエリアへ。ドームの敷地に沿って南側には、かつて「西道川」が流れていました。暗渠化され、現在は車道に。地下には上水道が流れています。

戦時中、軍需工場が多く存在していた大曽根は米軍の標的となり、何度も空襲を受けました。戦後も工業地帯として発展した大曽根ですが、地域の商業施設への転換が進み、工場は閉鎖。

90年代以降は工場跡地を利用した大規模施設の設置が相次ぎ、街の姿が大きく変貌を遂げることに。ドームへの建て替えに伴い、工場の敷地や周辺の川も道路として生まれ変わりました。

さらに東へ進むと…。

CBCテレビ『道との遭遇』

(道マニア・髙山英男さん)
「この東に『弁天公園』がある。『弁財天』があるところには、だいたい暗渠や川がある」

西道川は弁天公園まで通じているそうで、「弁天公園はかつて池があって、弁天様も祀られていた。今は公園で弁天様もないが、近くの寺院に移されている」と言います。

2人は弁財天が移設されている、天文7年(1538年)創建の「永弘院(ようこういん)」へ。

CBCテレビ『道との遭遇』

住職によると、かつて弁天公園内の池は地下水路で茶屋ヶ坂公園まで通じていたそうで、そこが西道川の水源とのこと。茶屋ヶ坂公園では地下水路も見られるということで向かってみることに。

CBCテレビ『道との遭遇』

公園の奥へ進むと、茶屋ヶ池から弁天公園へと通じる地下水路を発見!地元の方によると、西道川は茶屋ヶ池からドームの南側を抜け、北の大幸川などへ通じていたそう。膝が浸かるくらい浅く、たくさんの子どもが魚獲りをしていた綺麗な川は、昭和40年前後の区画整理で暗渠になったとのことです。

2025年1月14日(火)午後11時56分放送 CBCテレビ「道との遭遇」より

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