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「人を狂わせる魅力がある」道マニア・鹿取茂雄が惚れ込んだレンガの橋梁とは?未公開の道3選

「人を狂わせる魅力がある」道マニア・鹿取茂雄が惚れ込んだレンガの橋梁とは?未公開の道3選
CBCテレビ『道との遭遇』

ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、放送尺に収まりきらず放送されなかった“未公開の道”を蔵出し!全国100万キロ以上の道を巡ってきた道マニア・鹿取茂雄さんが、どうしても放送して欲しかったというイチオシの道を3つご紹介します。

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川と歩道が共存する「市場川橋梁」

CBCテレビ『道との遭遇』

「自分にとって道巡りのテーマの一つになった原点。人を狂わせる魅力がある」と鹿取さんが熱く語る場所が、三重県亀山市に存在。

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「加太(かぶと)駅」近くを走る国道25号から旧大和街道を進み、さらに分岐した道を左に進むと、明治23年(1890年)に造られた「市場川橋梁(いちばがわきょうりょう)」が姿を現します。

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レンガ造りのアーチが美しいのはもちろん、「珍しい構造がたまらない」と言う鹿取さん。

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現在のJR関西本線、旧関西(かんせい)鉄道の開通に合わせて造られた橋梁で、下を川が流れ、その上には支柱のない歩道がついています。

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内部にも魅力が。レンガを斜めに置いて凹凸をつけたデザインは「雁木(がんぎ)」と呼ばれる装飾で、明治後期から大正にかけて流行したと言われています。

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(道マニア・鹿取茂雄さん)
「この装飾は必要ないはずだが、意匠性を入れているのがすごく良い」

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もともと歩道はなく、川を通すためだけの橋梁として造られましたが、線路ができたことで反対側の集落へ行くのが不便だと住民から声が上がり、後から歩道がつけられたと言われています。

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(道マニア・鹿取茂雄さん)
「この橋梁を見つけて以来、水路と歩道が一緒になった鉄道橋梁にハマって、ここを発見してから2年間で数十か所も回った。ここをずっと紹介したかった」

建物の解体で県道沿いに出現!戦闘機を守るために造られた「掩体壕」

CBCテレビ『道との遭遇』

続いては、岐阜県各務原市(かかみがはらし)の県道沿いに存在する施設。戦時中、川崎航空機(現・川崎重工)によって造られた「雄飛ヶ丘(ゆうひがおか)」の町と関係の深い場所とのことで、足を運んでみることに。

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(道マニア・鹿取茂雄さん)
「建物が解体されたことで見えるようになったと、最近話題になった場所。山をくり抜いたようなこの空間に、飛行機を隠していた」

現れたのは、戦時中に航空機を格納するために造られた「掩体壕(えんたいごう)」と呼ばれる防御施設。3年半ほど前、手前の建物が取り壊されたことにより、その姿があらわに。SNSでも話題になりました。

(道マニア・鹿取茂雄さん)
「ここにあると認知されていなかったが、建物が壊されたことで見えるようになった。飛行機関係の基地の近くには、掩体壕がたくさんある。ここは割と大きい飛行機を格納したと思う」

CBCテレビ『道との遭遇』

当時、各務原市には飛行場や航空機工場が造られ、軍事施設と結びつきが強い地域だったため、掩体壕が点在していました。

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その中でも、戦闘機「飛燕(ひえん)」3機が入るように造られたこの「矢熊山南掩体壕(やぐまやまみなみえんたいごう)」は、奥行き29m、最大幅19m、高さ7mと各務原の中でも最大級の大きさと言われています。

CBCテレビ『道との遭遇』

当時に近い状態で残っており、削岩機が使われた跡なども。一部コンクリートで補強されているものの、床面が整地されていないため、使われる前に終戦した可能性もあると言われています。

参道に隠された“独自のしきたり”

CBCテレビ『道との遭遇』

最後に紹介するのは、村独自の法律があったとされる滋賀県長浜市の集落「菅浦(すがうら)」にまつわる場所。菅浦は、奥琵琶湖パークウェイができるまで陸の孤島と言われ、江戸時代まで“隠れ里”と呼ばれていました。

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中世に生まれた「惣(そう)」と呼ばれる自治組織を作り、江戸時代中期まで機能していたとのこと。

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そんな菅浦にある「須賀神社」の参道は、他にはない珍しい道とのことで、足を運んだ鹿取さん。

CBCテレビ『道との遭遇』

長い参道の先には石段があり、その手前に設置された看板には「土足厳禁 参拝される方はスリッパをご利用ください」と書かれています。

(道マニア・鹿取茂雄さん)
「ここは神聖な場所のため土足厳禁。本当は裸足で行くのが昔からのしきたり」

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石段から先は土足厳禁という、全国的に見ても珍しい須賀神社。

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伝承によれば、須賀神社の創始は764年。当時は、「保良(ほら)神社 菅浦大明神」という名前でした。

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かつて菅浦に隠れ住んだと伝わる淳仁(じゅんにん)天皇を、後に祭神として合祀したと言われています。

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そして、明治42年(1909年)に3か所の神社が合祀され、「菅浦」の愛称であった「スガ」からその名をとり、「須賀神社」と改称されたそう。

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須賀神社は宮司を持たず、年ごとに交代で9人の住民が神主を務めており、12月31日には「大晦日祭」という五穀豊穣や商売繁盛を願うならわしが行われています。古くからこの場所は清浄であるべきと考えられ、1300年近く、石段からの参道は土足禁止となっています。

CBCテレビ「道との遭遇」2026年7月28日(火)午後11時56分放送より

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