元科捜研の男が語る「死体なき殺人」捜査を動かした意外な証拠

9月23日放送のCBCラジオ『北野誠のズバリ』は、「科捜研」特集。元科捜研の矢山和宏さんをゲストに迎え、さまざまな角度から話を伺いました。こちらでは平成14年に宇治市で発生した、現在も遺体が見つかっていない殺人事件を取り上げます。その解決の鍵となったのは、現場に残された意外なものでした。
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ゲストの矢山和宏さんは、京都府警・科学捜査研究所で約30年にわたり法医学鑑定に従事し、退職後に一般社団法人京都科学捜査研究会を設立。
ドラマ『科捜研の女』(テレビ朝日系)シリーズの科学捜査監修も手がける、まさに科学捜査のプロフェッショナルです。
矢山さんが主任を務めていた、入所10年目頃に起きた「死体なき殺人」事件。現在まで遺体が見つかっていないにもかかわらず、犯人が逮捕され、最高裁で無期懲役の確定判決が出たという異例の事件です。
事件の発端は、同居していない親族からの110番通報でした。行方不明の家族がいるという通報を受けて警察官が自宅を訪れたところ、リビングは散乱状態で、かなりの量の血痕が残されていました。
車が語る真実
これだけの出血があるのに血痕が外につながっていないことから、遺体が運び出された可能性が高いと判断され、殺人・死体遺棄事件として捜査を開始。しかし発見が遅れたため、初動捜査も出遅れてしまいます。
転機となったのは、滋賀県で発見された被害者の車でした。矢山さんが鑑定を担当したこの車のトランクから、焼かれた人の肋骨の一部が発見されたのです。肋骨は心臓や肺といった重要臓器を守る骨。それが焼かれているということは、被害者が亡くなっていることを示していました。
さらに骨の一部と共に、焼かれた糞便も発見。被害者が焼かれて粉々にされ、どこかに捨てられた際に、その一部がトランクに残ったと考えられます。
これらの証拠から、遺体なしでも被害者の死亡が法的に認定されることに。死体なき殺人での有罪確定は極めて異例で、法曹界の判例集「判例タイムズ」にも掲載される特殊な事件となりました。
100枚のシートを分析
20人ほどの容疑者から犯人を絞り込めずにいる中、有力な手掛かりとなったのが、現場の鑑識が採取した100枚にも及ぶ粘着性のシートでした。
一軒家の広い現場から、区画割りして丁寧に採取されたこれらのシートには、犯人に結びつく何かが残されている可能性がありました。
被害者のDNA以外のもの、例えば犯人のふけや髪の毛など、何か手がかりとなるものを探すため、矢山さんはひとりでこの100枚のシートを1週間かけて分析したそうです。
その過程で矢山さんは、大量の犬の毛を発見します。大型犬と思われる洋犬の毛で、毛足が長く、茶色から白に変わるような色をしていました。被害者は犬を飼っておらず、最初は「ネズミの毛ではないか」と言われましたが、矢山さんは明らかに犬の毛であることを確信していました。
捜査会議での劇的展開
通常、科捜研の職員が捜査本部会議に出席することはありませんが、矢山さんは特別に出席を求められました。
会議で矢山さんが「茶色から白に色が変わるような大型の洋犬の毛が大量に発見された」と報告すると、ある捜査班が手を挙げました。その班が担当している容疑者が、自宅でゴールデンレトリバーを飼っているというのです。
ゴールデンレトリバーの毛は全体的には茶色に見えますが、1本1本を詳しく見ると、抜け変わる柔らかい毛は白色でした。矢山さんの分析と完全に一致したのです。
この情報を元に捜査線を絞り、容疑者宅を訪問して飼い犬の毛を採取しました。容疑者はゴールデンレトリバーを室内で飼っていたため、体や靴下に常に毛が付着している状態でした。異同識別の結果、現場の毛と一致することが確認されました。
科学が導いた犯人特定
重要なのは、毛が発見された場所でした。被害者宅の絨毯だけでなく、滋賀県に遺棄された車の運転席シートにも同じ毛が付着していました。助手席や後部座席ではなく、運転席だけに付着していたという事実は、犯人が車を運転したことを示す重要な証拠となりました。
最終的には大学と合同でDNA型鑑定まで行ない、容疑者の犬であることが科学的に証明されたのです。この鑑定が逮捕のきっかけとなり、矢山さんは科捜研として初めて警察本部長表彰を受けました。
犯人は黙秘を貫きましたが、状況証拠の積み重ねによって有罪が確定。科学捜査の地道な積み重ねが、遺体なき殺人事件を解決に導いた稀有な事例となりました。
(minto)
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