まさに乾杯!日本酒や焼酎の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録
いつからだろうか、日本酒の冷酒をワイングラスで楽しむようになったのは。もちろん、それに合った銘柄に限るのだが、香りと色さらに味と、グラスの空間を拡げることで、満喫する手法も増える。そんな日本酒の世界に吉報である。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に、日本の「伝統的酒造り」が登録される。
無形文化遺産の歴史
無形文化遺産は、2006年(平成18年)から登録が始まった。伝統芸能や工芸技術、また祭り行事など多くの分野にわたり、その土地の文化や風習と深く関わっているもの、いわゆる“形のない文化”が対象となる。加盟各国からの申請を受けて、毎年60件ほどを審査して、その中から登録が決まる。日本からは過去に、人形浄瑠璃文楽、雅楽、風流踊り、そして和食など、22件が選ばれてきた。ユネスコの評価機関の勧告を受けて、2024年12月初めに南米パラグアイで開かれる政府間委員会で正式に決定される。
日本の「伝統的酒造り」
今回23件目として登録される日本の「伝統的酒造り」は、古代から今日まで長い年月をかけて育てられてきた日本独自の酒造り技術である。カビの一種である「こうじ菌」を使って、米などの原料を発酵させて作る。そこからできる酒は、日本酒、本格焼酎、そして泡盛など、さらに今回はもち米と焼酎を使う本みりんも対象となる。これまで、酒に関係する無形文化遺産には、ベルギーの「ビール文化」、ジョージアの「伝統的なワイン製造」、そしてキューバの「ラム酒製造」など5件が登録されてきたが、日本からの酒に関する登録は初めてとなる。
ビールやワインにない製法
日本酒の伝統的な酒造り製法は、室町時代から始まったとされる。大きく分けると3段階になるが、そのどれもが“世界には類を見ない”ユニークな製造過程である。
まず「原料の処理」。米などを“蒸して”処理する方法は、ビールやワインの製造にはない。水分の量や蒸し時間の調整などが必要である。次に、酒造りの重要なポイントである「こうじ造り」。蒸した米などに「こうじ菌」を繁殖させるのだが、風味豊かな酒にするため、温度や湿度の調整など、その手間のかけ方には高度な技術が必要とされる。杜氏(とうじ)と呼ばれる日本酒造りの職人たちにとって“腕の見せ所”である。
日本独特の「発酵」
3番目の工程が「発酵」である。米などの原料に含まれる「でんぷん」を、こうじ菌の働きで「糖」に変えること、そしてその糖に酵母を加えてアルコールに発酵させること、この2つの作業を、ひとつの容器で同時に進める。それによって、日本酒は、同じ醸造酒であるビールやワインに比べて、アルコール度数が高くなる。3つの段階を通して造られた日本酒は、昔から、お祭り、神事、そして結婚式の三々九度など、日本の伝統の中で、重要な役割を果たしてきた。
国内では消費低迷の日本酒
ユネスコの無形文化遺産に登録されることで、世界の脚光を浴びる日本の「伝統的酒造り」だが、それを取り巻く環境はとても厳しい。日本国内での日本酒の出荷量は、半世紀前の1970年代に比べると4分の1を下回る。日本人が日本酒を飲まなくなっている。かつてはどの家庭にも、酒の一升瓶があったと記憶するが、今は四合瓶が主流である。それに伴い、多い時は4,000人近かった杜氏の数も、最新のまとめでは700人ほどと、最盛期の5分の1以下に減った。せっかくの新たな無形文化遺産だが、その“技”の伝承が危機に直面していると言えそうだ。
世界市場への“追い風”
しかし、10年前に無形文化遺産に登録された“先輩”である「和食」が、救世主になるかもしれない。海外での和食人気はますます盛んで、その“重要なパートナー”として、日本酒が存在している。日本酒を好んで飲む外国人は増えており、そこでワイングラスが登場する。馥郁(ふくいく)とした日本酒の香りと味を楽しむためにワイングラスが使われることもあり、それに応えるように、ワイングラスで飲む日本酒の種類も増えている。飲み方が多様化しても、日本酒を愛してくれる人が増えることは望ましい。日本酒の海外への輸出量は、2022年には過去最高を記録した。今回の登録は、きっと力強い追い風になるはずだ。
冬の飛騨高山で日本酒の蔵元を訪れたことがある。九州では本格焼酎、そして沖縄の久米島や与那国島では泡盛の製造元も訪ねた。そのいずれでも、酒造りへの強いこだわりと誇り、そして愛情が、酒の香りに混じって“漂って”いた。今回のユネスコ無形文化遺産への登録によって、ニッポン発の食文化が、ますます世界に拡がっていく夢が醸し出されることになる。
【東西南北論説風(540) by CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】