大人の読書感想文?『モンテ・クリスト伯』再読で魅了された復讐劇と人間愛
読書を趣味の一つとしながらも、一度読んだ本を再び読み直すことは、あまりなかった。「座右の書」である遠藤周作の『沈黙』、そして、大好きな作家である池波正太郎の『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』の3シリーズは例外として、その他には次から次へと、新しく出る本ばかりに手を伸ばしてきた。
大人になって再読してみた
このほど思い立って再読したのが、アレクサンドル・デュマ作『モンテ・クリスト伯』である。山内義雄訳、岩波文庫で全7巻の長編大作である。小学時代、同じストーリーを、児童文学の『巌窟王(がんくつおう)』として初めて読んだ。中学時代は2年生の夏休みに、今回と同じ岩波文庫版を読んで、校内の読書感想文コンクールに参加した思い出もある。あれから半世紀たっての再びの出会い、そこには信じられないほど多くの発見があった。
絶望からの復讐劇
物語を簡単にまとめれば、時代は19世紀のフランス、港町マルセイユの船乗りである青年エドモン・ダンテスが、嫉妬や政略によって、無実の罪を着せられて、一度入ったら出られない牢獄島シャトー・ディフに投獄される。愛しい女性との結婚も、船長になるはずの未来もすべて閉ざされてしまった絶望の中で、ダンテスは同じ囚人の老司祭とめぐり合い、その知識と教養、さらに「モンテ・クリスト島」にある莫大な財宝を受け継ぐ。14年後、奇跡的に脱獄を果たしたダンテスは、パリを主な舞台にして、自分を陥れた4人それぞれに対して、復讐を成し遂げていく。
19世紀フランスへの旅
今回、全7巻をあらためて読んで驚いたのは、その復讐劇のページのバランスだった。第2巻の前半で、ダンテスは脱獄に成功して、とてつもない財宝を手に入れる。そこから復讐に至るまでの用意周到さが、当時のフランスの歴史、そして、パリの社交界の風景や習慣と共に、実に綿密に描かれているのである。記憶では「脱獄そして復讐」と、トントンとストーリーが進む印象だったのだが、そうではなかった。復讐劇というよりは、歴史小説として堪能した。皇帝ナポレオン・ボナパルトあり、ギロチン絞首台あり、オペラハウスに集う貴族あり、ダンテスが姿を変えた「モンテ・クリスト伯」という主人公と共に、19世紀のフランスを旅しているかのようだった。
見事なストーリーに感嘆
そんな中にも、見事なドラマが数々用意されている。かつての恋人で、仇敵の妻となっていたメルセデスとの再会。瞬時にして「モンテ・クリスト伯」の正体を、愛するダンテスと見破ったメルセデスの切ない思いに胸を打たれた。自分の復讐相手に対して、それぞれ別の恨みを持つ人たちを、自らの周りに集めて、復讐の中で利用していく計画性には思わず唸らされた。過去に恩を受けた人たちの窮地には、影となって助けに走り、こよなく愛情を降り注ぐ。伯爵だけではなく、船乗りシンドバッド、英国人、そして神父など、主人公ダンテスが次々と姿を変える“七変化”には、とにかくワクワクさせられた。
あらためて気づいた場面
圧巻は、復讐の最終段階である。無実の罪で自らを陥れた人間たちは、皆、社会的に大成功していたが、ダンテスの復讐は苛烈を極めて、そのすべてを奪っていく。しかし、復讐する側にも痛みを伴う。自らそれを実行してきたダンテスにも迷いと葛藤が生じ始める。今回再読するまで、忘れていた場面なのだが、最後の復讐を前に、ダンテスはかつて自分が閉じ込められていたシャトー・ディフの牢獄を再訪する。そこで、自分が神に“生かされてきた”ことの意味を確認して、再び力強く歩み出す。この迷いと決意のくだりによって、この小説が、単なる復讐劇ではなく、人間愛と苦悩、それを越えて人生の讃歌を謳い上げることに成就しているのだった。
名作の再読はいいものだと気づいた。時代を越えても、本の内容自体に変わりはない。しかし、読み手であるこちら側は、歳月を歩みながら少しずつ変化してきている。その時々によって、同じ文章も、同じストーリーもまったく違った顔を見せてくれる。今さらながら「再読」の魅力に気づかせてくれた『モンテ・クリスト伯』。ひょっとしたら、しばらく後に、再びページを繰ることになるかもしれない。そんな予感がする。
【東西南北論説風(430) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】
<引用>アレクサンドル・デュマ作/山内義雄訳『モンテ・クリスト伯(全7冊)』
(岩波書店・1956-57年初版発行)