エスカレーター、あなたは立ち止まっていますか?日本全国に広がる変革の波
生まれて初めて訪れる海外の町、誰しもが記憶の中に、驚きや印象深いことがあるはずだ。もう40年以上前になるが、大学時代に英国ロンドンで出会った風景は、今も鮮明に覚えている。地下鉄へのエスカレーター、皆が右側に立って、左側を空けている。その左側を多くの人たちが階段のように歩いて、昇り降りしていた。
英国で出会った“追い越し車線”
帰国後に、名古屋の市営地下鉄に乗った時は、左右の両側にきちんと利用客が立っていた。その時に思ったことは、英国などのヨーロッパでは、急ぐ人のために通路を確保しておく習慣があるのだなということだった。エレベーターでは開ボタンを押して、先に出口を譲る。電車のドア付近では、駅でいったんホームに出て、降りる人を通す。そんなマナーのひとつと受けとめた。当時したためた旅行エッセイには「日本人はせっかちだと言われるが、エスカレーターに“追い越し車線”を持つ英国人も同じではないか」と皮肉めいた感想も書いている。
名古屋市が条例の制定へ
そんなエスカレーターについて、名古屋市が「立ち止まって利用する」というルール作りをする。2023年2月議会に、それを義務づける条例を提出。この「エスカレーター安全利用促進条例(仮称)」、10月にも施行を予定している。条例では、駅やデパートなど商業施設の管理者には、それを通知することも求める。ただし罰則はない。名古屋市では、2021年度に、市内のエスカレーター関連の事故で、救急隊が出動した件数が133件あった。また2022年4月から5月の調査では、エスカレーターを歩いたり走ったりした人が2割以上いた。これまでも、市営地下鉄の駅などに「歩かないで、走らないで」と書いたポスターを掲示したり、ラッシュ時には駅員が注意を呼びかけたり、事故防止に努めてきたが、いよいよ「条例」という1ランク上げた対応に乗り出すことになった。
“片側空け”の歴史には?
そもそも日本で、エスカレーターの片側を空けて、急ぐ人を通すようになったのは、大阪の鉄道会社による呼びかけが最初と言われている。1967年(昭和42年)、駅に長いエスカレーターが設置された時に「急ぐ人のために、左側を空けて下さい」とアナウンスされた。やがて、各地に“片側空け”が広まっていった。ただ、大阪は「左側」を空けるが、東京は「右側」、名古屋も東京と同じ「右側」である。しかし、エスカレーター業界によると、そもそも構造上「歩くことは想定していない」と言う。その理由は「段が普通の階段よりも高い」「奥行きも狭い」「つまづきやすい」。さらに、例えばどちらかの腕にけがをしてギプスをしている人は、右手なら右側のベルトをつかむことはできない。これは大変重い問題であり、周囲の配慮が必要だろう。自分のすぐ横を猛スピードで駆け下りていかれて、怖い思いをしたという高齢者の声も多い。
全国に広がる「立ち止まり」利用
全国では、すでに埼玉県が2021年に同じような条例を作っているので、名古屋市で制定されれば2例目。政令市では初めてとなる。また、福岡市では「右にも左にも立とう」というアナウンスを、2022年11月から地下鉄の駅で流している。「二列に並んだ方が、時間的にも効率的」というアピールもしている。エスカレーターを立ち止まって利用しようという波は、今回の名古屋市の条例制定によって、また一歩進むことになる。
時代と共に社会は変わる。そしてマナーも変わる。長い間「当然」と思ってきたことも、その時代と共に“変わっていく”時がやってくる。エスカレーターの片側を空ける習慣もそのひとつかもしれない。「立ち止まって利用しよう」という新たなマナーが、そんな時代の波の中で、動き出そうとしている。
【東西南北論説風(404) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】