大相撲の興奮、卓球の絆、まもなく移転でお別れ「愛知県体育館」60年の歩み
名古屋城を背景に、ふれ太鼓の音色が響く。大相撲七月場所(名古屋場所)が、名古屋のドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)で開催される。そして、現・体育館での本場所開催は2024年が最後となる。相撲だけではない。愛知県にとっての数々の“スポーツの殿堂”は、60年間の思い出に包まれる惜別の夏を迎えた。
城の敷地に立つ体育館
「愛知県体育館」は、お堀を入った名古屋城の敷地内にある。名古屋市営地下鉄「名古屋城」駅を出て、重厚な石垣を見ながら堀にかかった通路を進んでいくと、体育館の建物が見えてくる。名古屋城の南東側にあたる旧・二の丸御殿の跡に、1964年(昭和39年)に建てられた。最初の東京オリンピックが開催された年であり、日本全国がスポーツに沸いていた。2018年(平成30年)から命名権の導入によって「ドルフィンズアリーナ」と呼ばれている。
まさに“スポーツの殿堂”
体育館には、メインとなる第1競技場、サブ的な第2競技場、さらに地下には、25m7コースの温水プール、相撲場、ボクシング場などの施設が備えられている。筆者は、名古屋市内の大学に通っていたが、体育の水泳の授業は、この地下プールで開講された。また、大学時代は卓球部だったことから、東海学生卓球リーグ戦の大会会場として、春と秋の年2回、第1競技場で各4日間の試合に臨んだ。60年もの歴史がある体育館だけに、そんな個々の思い出を持つ人も多いことだろう。
名古屋は“初優勝場所”
大相撲七月場所は、開館翌年の1965年(昭和40年)から、愛知県体育館で開催されてきた。まさに尾張名古屋の“夏の風物詩”である。この名古屋場所、実は“初優勝”する力士が多いことで知られている。1972年(昭和47年)に、初の外国人力士だったハワイ出身の高見山が、前頭4枚目で平幕優勝した。テレビコマーシャルなどでも人気の高見山の優勝に、名古屋の街は沸きに沸いた。その後、1975年(昭和50年)金剛、そして琴富士、水戸泉と平幕優勝が続く。その意味では“下剋上場所”とも言える。1994年には大関・武蔵丸が初優勝を全勝で飾った。石川県出身の出島、長野県出身の御嶽海も関脇時代にそれぞれ初優勝している。もちろん、横綱だった白鵬を筆頭に“常連”優勝も多いが、それでも名古屋場所と言えば“初優勝”のイメージが強い。
卓球が縁となった交流
愛知県体育館では、大相撲の他にも、数々の大きなスポーツイベントが開かれたが、何といっても卓球であろう。「ピンポン外交」発祥の地として知られている。1971年(昭和46年)3月から4月にかけて、第31回世界卓球選手権大会が開催されて、54か国が参加した。この中には、6年ぶりの参加となった中国の選手団がいた。当時は、米国と中国は外交で厳しく対立していたが、この大会の中で米国と中国の選手同士の交流があり、それをきっかけに、大会後には米国の卓球チームが中国に招待された。
「ピンポン外交」の聖地
さらに、この卓球での交流が発展して、翌1972年には米国ニクソン大統領の訪中が実現した。いきなり両国の接近が加速した。その後、1979年の歴史的な「米中の国交樹立」へとつながっていく。日本も1972年に、当時の田中角栄総理が中国を訪問して、周恩来首相と握手を交わす。日中国交正常化が歩み出した。こうした仲直りのきっかけが愛知県体育館での卓球大会だったことから「ピンポン外交」と呼ばれた。当時は「小さなボール(卓球)が大きなボール(地球)を動かす」という言葉も登場した。
記念モニュメントの思い
その「ピンポン外交」を記念して、体育館の西側にはモニュメントが設置されている。縦3メートル、横7メートルの陶板製で、日本と中国の両方に親しみのある水墨画のイメージになっている。日本、中国、米国の国旗をモチーフにしてピンポン球が弾んでいる絵も描かれている。そこに「平和」「友好」「愛」「夢」という文字が書かれているが、これは、日本と中国、両国の書道家によるものと紹介されている。モニュメントの前に立つと、あらためてスポーツを通しての交流の素晴らしさが胸に去来する。
熱きコンサートの思い出
大相撲や卓球など、スポーツイベントだけではなく、愛知県体育館では、様々なコンサートが開催されてきた。谷村新司さんが逝ったアリス、結成46周年を迎えたサザンオールスターズも、かつては第1競技場でライブを披露した。新しい愛知県体育館は、名古屋城の北側、名城公園内に建設中で、2026年(令和8年)に開催されるアジア大会の会場となる。メインアリーナの観客数は1万7000人と、現在の2.5倍ほどに広がる。横浜アリーナと同じ収容数であり、全国有数の規模となるため、スポーツ競技と共に、ここでのコンサート開催へも期待が高まる。
大相撲名古屋場所は、前売り段階で15日間のチケットが完売したそうだ。大の里らの人気ももちろんだが、歴史の長い現愛知県体育館に別れを惜しむ人たちが、大勢いることの証しだろう。節目を迎えるスポーツや音楽の歴史の舞台にふさわしい、熱い取り組みに期待したい。
【東西南北論説風(506) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】