首里城にスプリンクラーがなかった理由に見る文化財保護のジレンマ
今もなお目に焼きついている。沖縄の首里城が炎上する映像である。
テレビの画面を見つめながら、10月末のまだ寒さ本番ではない夜明けに震えがきた朝。半年前には、遠く離れたフランスのパリからのニュースでノートルダム寺院が炎の中で焼け落ちる姿を見た。世界遺産を相次いで襲った災禍は、2019年の悲しい出来事として歴史に刻まれるだろう。
スプリンクラーの義務はなかった
首里城の火災について、スプリンクラーが設置されていなかったことが指摘された。
スプリンクラーはホテルの部屋などで馴染みがある方も多いと思うが、火災発生時に自動的に反応して鎮火する機器である。初期消火にとても効果があると言われている。
「消防法」では、このスプリンクラーが建物の規模や使用用途などの条件によって、設置が義務づけられている。例えば、映画館や劇場、デパートやホテル、そして地上11階建て以上の商業施設などが対象で、法令による定期点検も必要だ。
ところが「文化財保護法」にはスプリンクラーの設置基準はない。
緊急調査結果の衝撃
2019年4月のノートルダム寺院の火災を受けて、文化庁の動きは素早かった。
6月にかけて国内の国宝や重要文化財の防火設備などについて緊急のアンケート調査を実施、8月に結果を発表した。その中のスプリンクラーについての項目には驚かされた。調査には国内の重要文化財施設の約98%にあたる4543棟から回答があったが、スプリンクラーを設置しているのは、わずか66棟だった。4543棟の内の66棟。全体の1.5%にも満たない数だった。
なぜスプリンクラーを付けないか?
文化庁の担当者は、「消防法という法律上で対象にならない文化財にはスプリンクラーが設置されていない場合が多い」と話す。なぜか?
費用も当然かかるのだが、スプリンクラーは配水管を建物内部に張り巡らすため、文化財自体を傷つけてしまうリスクがあると言う。
もうひとつの理由が機器の誤作動。万が一、火災が起きていないのにスプリンクラーが間違って作動して放水を始めたら、貴重な文化財が水によって大きな損害を受ける恐れがある。スプリンクラーは一般的に、放水は自動的に始まるが、一方で自動的に水を止めることはできない。誰かが手動で止めるまで水は撒かれ続けるのである。水損を恐れて文化財の所有者が躊躇する理由である。
首里城の「正体」とは?
首里城は30年近く前の1992年(平成4年)に復元された建物で、文化財ではない。世界文化遺産に登録されたのも「正殿」などの復元建物ではなく、その地面部分にある遺構が対象である。
消防法上ではどうか。実は、正殿は「事務所」に分類されていて、さらに地上10階以下の建物のため、こちらにおいてもスプリンクラーの設置基準に該当しない。緊急調査の結果を受けて、文化庁は9月に「防火対策ガイドライン」を発表し、「スプリンクラーの設置を勧める」通知を出した。義務ではなく、あくまでも「勧める」である。行間からは文化庁のジレンマも感じ取れる。
重要文化財が抱える難題
調査結果を読み込むと、重要文化財についてさらに現状での多くの課題が見つかった。
約93%の4218棟が、全部または一部が「木造」なのである。スプリンクラーを設置している施設の少なさに驚かされたが、屋外の防火設備でも「放水銃」について221の文化財が、また「屋外消火栓」については189の文化財が、それぞれ設備を「動かす環境に問題あり」と答えている。即、機能できない可能性があるのだ。
消火設備の老朽化も浮き彫りになった。「30年以上たつ」と答えた施設は871棟、19%にも及んだ。
火災を防ぐソフト面にも課題がある。管理体制では、夜間の火災など緊急時に対応できる人員が2人未満だった施設が、回答のあった4543棟の35%余り1608棟もあった。また21%、964棟が「1年間一度も防火訓練をしていない」と回答している。
ハードそしてソフト、両面での改善が急務である。
“白鷺城”の徹底した防火対策
城に目を向けてみよう。
「尾張名古屋は城で持つ」と言われる名古屋城は、現在は閉鎖されている天守閣も、復元なった絢爛豪華な本丸御殿も、いずれもスプリンクラーが設置されていない。その理由はやはり、消防法上の義務がないこと、そして配管など文化財との共存がむずかしいことだと、管理事務所では話している。ただし、現在復元が計画されている木造天守閣については、スプリンクラーを設置する予定だと言う。
対照的に国宝の姫路城には1000基ものスプリンクラーが設置されている。当初は反対の声もあったそうだが、「城は一度消失してしまったら取り返しがつかない」として設置に踏み切ったという。「一度消失したら終わり」この言葉がとても重い。
首里城消失からの一歩
首里城の火災を受けて、文化庁は10月31日に全国の自治体に対して、指定された文化財だけでなく「首里城」のような史跡を復元した建物に対しても、防火管理の点検や確認を求めた。
今回の災禍によって、国内での多くの文化財が、あくまでも現状の法律に合わせた形での防火対策を取っていることが明らかになった。しかし、首里城を襲った業火を目の当たりにした今、「法律の義務がないから」という理由だけでいいのだろうか、とあらためて立ち止まってしまう。各施設でのより一歩進んだ“自主的な対応”が望まれる。そしてもし必要ならば、そこに予算的な措置を投入するのが今度は国の役割である。
復元された建物であろうがなかろうが、それが文化財であろうがなかろうが、消失した首里城が沖縄の人たちの“心の拠り所”だったことだけは間違いない。“心の文化財”である。それを守り後世にきちんと伝承していくことが、今を生きる私たちが“歴史”から託された役割、そして使命なのではないだろうか。