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“川を活かしたコース”はなぜ造られた?「浦和競馬場」を貫く川の歴史を暗渠道から紐解く旅

“川を活かしたコース”はなぜ造られた?「浦和競馬場」を貫く川の歴史を暗渠道から紐解く旅
CBCテレビ『道との遭遇』

ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、川が流れていた場所の上にできた“暗渠道(あんきょみち)”をこよなく愛する道マニアの髙山英男さんが、埼玉県にある暗渠道から川と街の歴史を紐解きます。

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浦和競馬場のコースを貫く一級河川「藤右衛門川」

CBCテレビ『道との遭遇』

髙山さんが訪れたのは、さいたま市浦和区。

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(道マニア・髙山英男さん)
「浦和の“浦”は入江を表していて、水と関りが深い。競馬場も水に縁がある。浦和競馬場は昔から流れている1本の川が貫いていて、川を包み込むようにコースがある。今日は暗渠道から、なぜこのような形で競馬場が造られたのか、街の積み重ねてきた記憶を掘り起こしていきたい」

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さいたま市の南部に位置し、江戸時代には中山道(なかせんどう)の宿場町として発展した浦和。その背景として、昔からこの地域には低湿地が広がり、水資源に恵まれていたことから古来より人の営みが育まれてきました。

そんな浦和のランドマークのひとつが「浦和競馬場」。1本の川が場内を貫くという特徴から、全国的に見ても特に珍しい場所だと髙山さんは言います。

なぜ川を活かしつつコースが造られたのか…?その理由や川の記憶を、暗渠道から紐解きます。まずは、浦和競馬場の場内を流れる川のもとへ。

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(道マニア・髙山英男さん)
「流れているのは、『藤右衛門川(とうえもんがわ)』。藤右衛門は、人の名前」

一級河川「藤右衛門川」は浦和競馬場を西から東に流れており、「下流は競馬場を抜けてもずっと開渠(かいきょ)だが、上流側はほとんど暗渠」と髙山さん。

「コースが蓋になっている。そして、この暗渠のコース上を馬が走っていく。馬が走っても大丈夫なくらい強い蓋」と言います。

大雨が降るとたびたび氾濫…川と街が歩んできた歴史

CBCテレビ『道との遭遇』

続いて向かったのは、競馬場の北西。外を流れる川の上流に着くと、川が開渠から暗渠へと切り替わります。

競馬場から市街地の北へとのびる藤右衛門川の暗渠道には、「藤右衛門川通り」と書かれた案内看板があり、数々の川や橋があったことを示す石碑も。

かつて、この一帯の水路を開削した人物・並木藤右衛門(なみきとうえもん)から名付けられたという藤右衛門川。

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地元の方によると、藤右衛門川は「太田窪(だいたくぼ)」と「本太(もとぶと)」という小高い地区に挟まれた谷地に存在し、雨水が集まりやすかったため、大雨が降ると度々氾濫していたと言います。

また、昭和34年、中部地方を中心に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風に見舞われた際は、浦和もその煽りを受けて藤右衛門川には大量の雨水が流入。川は氾濫し、深刻な生活被害を引き起こしました。

CBCテレビ『道との遭遇』

そんな幾度の水害をもたらした藤右衛門川は、昭和56年に暗渠化。複数の支流からなる水量の多い川のため、排水や強度に優れた2連のボックスカルバートで造られたそう。

街中には改修を祝う記念碑が建てられるほどで、暴れ川であった藤右衛門川は人々の記憶に焼きついているようです。

小学校の敷地内に源流の1つを発見!

CBCテレビ『道との遭遇』

藤右衛門川の本流を辿りながら、「源流の一つが近くにある。そこの際で水が湧いている」と髙山さん。

訪れたのは、浦和区に隣接する緑区の道祖土(さいど)小学校。この敷地内に藤右衛門川の源流の1つが湧いているということで、特別に許可をいただき校庭にお邪魔させてもらうことに。

水路を観察すると、「あった!これが藤右衛門川をつくっている1つ」と源流ポイントを発見!

CBCテレビ『道との遭遇』

水路から湧き出す小さな湧水が、多くの川や水路と合流しながら約2㎞離れた浦和競馬場まで繋がっています。髙山さんが私物の簡易水質測定器で検査してみると、とても奇麗な水質だということが判明。

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(道マニア・髙山英男さん)
「都会の湧き水を測ったりしているが、ここまで奇麗なものはそんなにない」

この道祖土小学校以外にも複数の源流を持ち、1つの川となって競馬場の方まで流れていく藤右衛門川。ではなぜ、その川を活かしつつあの土地に競馬場が造られたのか…?

川を活かしつつ競馬場が造られたワケとは

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地元の方に話を聞くと、かつての競馬場一帯は広大な沼地で、浦和は蒲焼発祥の地とも言われるほど多くのうなぎが生息していたそう。

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住宅地としては活用できないため、戦後になると復興財源を確保するべく競馬場が誕生。

しかし、予算・資材などが不足していた当時は、河川を付け替える余力もなかったと言われています。

広大な面積を持ち、一時的な冠水にも耐えられる競馬場は、暴れ川であった藤右衛門川の治水に有効と考えられたようで、川が氾濫した際は下流への流出を抑えるため、川の水を敷地内の調整池に放流。

CBCテレビ『道との遭遇』

必要によっては、排出口から中央のグラウンドに移すことも可能となっており、結果、浦和競馬場は排水と治水を両立できる土地として現在も藤右衛門川と共存しているとのことです。

CBCテレビ「道との遭遇」2026年1月13日(火)午後11時56分放送より

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