中日・柳を変えた5歩。吉見と過ごした大阪自主トレで学んだものとは
柳裕也の目が輝く。
「夜、ベッドに入る瞬間が楽しみでした。明日は何を聞こうか、何を学べるのか。ワクワクが止まらない。この感覚は野球を始めた子供の頃以来。毎日の1分1秒が充実していました」
振り返ったのは吉見一起と過ごした1月6日から19日までの大阪自主トレ。後輩の石川翔、清水達也も同行していた。
柳は明治大学からドラフト1位で中日に入団。過去2年間で21試合3勝9敗。「何もしていません」と唇を噛む。
2018年10月13日。ナゴヤドーム。中日・阪神25回戦。岩瀬仁紀と荒木雅博の引退試合に柳は先発。レジェンド2人のセレモニー終了後、ロッカールームで吉見に頭を下げた。
全てにおいて吉見を尊敬
「練習に取り組む姿勢、掛けてくださる言葉、マウンドでの立ち居振る舞い。全てにおいて吉見さんを尊敬しています。シーズンが終わった瞬間に『自主トレをご一緒させてください』とお願いしました」
とにかく柳は吉見に聞いた。大阪で最初にした質問は本人も「小学生レベル」というほどシンプルだった。
「どうやったら、コントロールは良くなりますか」
吉見が丁寧に答える。
「アウトローに投げたいとする。ストラックアウトの7番。つまり、左下隅。でも、その左下にストラックアウトの板を想像してみる。7番が真ん中に来るように。すると、プレッシャーは少し和らぐ。大切なのは見方と考え方」
ピンチでの心構えや試合前の準備など、いつでもどこでも柳は聞いた。きちんと返ってくるベテラン右腕の答え。金言の数々が体に染み込んで行く。
午前中は技術練習だった。アップ、キャッチボール、ノック、ブルペン、ランニング。昼食を挟み、午後から接骨院に向かう。
「治療ではなく、トレーニングです。吉見さんの高校時代のトレーナーさんが指導者。股関節や体幹を鍛えますが、2日に1回のペースで講義がありました」
それは主に目標へのアプローチを教わる座学だった。A4の紙が配られ、「あなたにとって仕事とは?」「仕事をする上で大切なことは?」など10項目の質問に答える日もあった。
『5歩、歩く授業』
「最も印象的だったのが『5歩、歩く授業』でした」
その日はゴム製の板が床に1m間隔で5つ並んでいた。5つ目の板がゴール。1つ目がスタートラインだ。
「まず、目標を聞かれ、僕は『150イニングを投げる』と答えました。すると、1つ目の板の前に立つ。そこで日付、気持ち、周りの声を言うんです」
柳は素直に従った。
「1月18日。今年は絶対やる。周りからは『頼むぞ』と『お前は期待外れだ』という声が聞こえます」
次に1歩だけ進む。2つ目の板の前で、また日付と気持ちと周りの声を述べる。
「3月29日。開幕戦。まずは開幕ローテに入れた。でも、これからだ。周りは『頑張れよ』と言っています」
3歩目。
「オールスター休み。80イニングクリア。順調にイニングを食えている。『後半戦も頼むぞ』と応援してくれています」
4歩目。
「9月中旬。規定投球回(143イニング)達成目前。もうひと踏ん張りだ。周りからは『頑張れ』という激励の声」
ついに5歩目。
「シーズン終了日。150イニングクリア。よっしゃ!『良くやった』と労いの声が聞こえます」
たった5歩。柳は想像し、言語化し、前進した。
再びスタートラインへ
「実はそれで終わりじゃなかったんです。トレーナーさんから『もう1回、最初から同じことを口にして歩きなさい』と。びっくりしました」
柳は再びスタートラインに立ち、ゆっくりと1歩ずつ、噛みしめながら、歩いた。すると、大きな変化があった。
「1回目より足取りが重くなったんです。最初より言葉に責任が生じる。『相当な覚悟で臨まないと達成できないな』と強く思えました。そして、ゴールの瞬間は1回目より大きな声で『よっしゃ!』と叫びました」
吉見と過ごした大阪14日間。柳は多くの見方、考え方、目標への取り組み方を学んだ。
楽しみだ。柳の先発する前夜が。「明日はどんなピッチングをするのだろう」。ワクワクはきっと止まらない。3年目の飛躍へ。さぁ、キャンプが始まる。
【CBCアナウンサー若狭敬一
CBCテレビ「サンデードラゴンズ(毎週日曜午後0時54分放送)」、CBCテレビ「スポーツLIVE High FIVE!!(毎週日曜午後1時24分放送)」、CBCラジオ「若狭敬一のスポ音(毎週土曜午後0時20分放送)」、CBCラジオ「ドラ魂キング」(毎週金曜午後6時放送)ほか、テレビやラジオのスポーツ中継などを担当】