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ドラの巻【CBCドラゴンズ情報】

鉄腕岩瀬が語る、思い出したくもない北京五輪 そしてメジャー移籍話の真相

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鉄腕岩瀬が語る、思い出したくもない北京五輪 そしてメジャー移籍話の真相 | ドラの巻【昇竜復活へ!CBC中日ドラゴンズ情報】 | CBCテレビ・CBCラジオ


CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」燃えドラch
落合英二のブルブルの輪 岩瀬仁紀前編

サンドラの人気コーナーが「落合英二のブルブルの輪」がYouTubeで復活!
二回目の今回は2009年1月25日放送分をご紹介!
当時CBC野球解説者であった落合英二さんと若狭アナのコンビで展開された人気コーナー。ゲストにドラゴンズの絶対的守護神であった岩瀬仁紀さんを呼び、前年の2008年に開催された北京五輪話に花が咲く!

この世の終わりという感覚

まずは10年連続50試合登板という大偉業を達成できた理由からトークは始まる!

岩瀬『反骨心ですかね。とにかく周りの思っている通りにはなりたくなかったですね。5年目ぐらいまではもう勤続疲労くるから、もう続けてできないとかそういう声を聞いていたんですけど、だんだんそこからそういう声が薄くなってきて。“もうちょっと言ってくださいよ!反骨心!反骨心!”って思ってたんで(笑)』

落合『マンちゃん(岩瀬さんの愛称)は、ダメだって言われた方がいいんだよな』

侍ジャパンの金メダルで大盛り上がりとなった東京五輪の遡ること13年前。
野球が公式競技から外される最後の大会となった北京五輪。
岩瀬さんにとっては苦い思い出しか心に残っていないこの大会。
準決勝の韓国戦でイ・スンヨプ選手に打たれた痛恨のホームランについても、このコーナーだけに真相を語ってくれました!

若狭『昨年(2008年)の北京五輪は相当ダメージが大きかったんじゃないですか?』

岩瀬『あれはダメージが大きかったというよりも、この世の終わりぐらいの感じはありましたね』

落合『それだけ、ずぅぅぅーっと期待に応え続けてきたっていうのがあるんじゃない?打たれちゃいけないピッチャーになっちゃったんだよ、もう』

岩瀬『ただ、それのやられ方が、もうオリンピックって今回が一応最後の形となっているじゃないですか?やり返す場所がないんですよ。だから余計だったんですね』

北京五輪後、公式競技から外されることが正式決定していた野球。
リベンジの場が訪れない、やられっぱなしで終わることが岩瀬さんにはやるせない気持ちとなって、時間とともに膨れ上がっていったのでしょうか。

魔が差しただけでは済まされない一撃

若狭『あのイ・スンヨプとの対戦で、ピッチングの配球など振り返って、今思う事ってありますか?』

岩瀬『彼とは今まで何度も対戦してきたじゃないですか。結果的にホームランを一本打たれていなかったので、自分の中でどこかに“彼は大丈夫”という部分はあったかもしれないですね』

まさに魔が差しただけでは済まされない一撃。

若狭『ボールがライトスタンドに消えた時っていうのは、どんな気持ちだったのですか?』

岩瀬『あのボールは長かったですね、落ちてくるのが。走馬灯のようにボールが見え、早く稲葉さんのグラブに入ってくれ~と(笑)。稲葉さんも最初後ろ下がって、前に向いて構えるフリをしたじゃないですか。自分の中では“あっ!ヤバい!”っていう感覚だったんで、“あっ!こっち向いた!構えてる!”と』

落合『自分が引っ掛かってるじゃん!あれ、ランナー騙すためにやっているのになぁ』

岩瀬『で、“スタンドまで行かないんだぁー”と思ったけど、でもボールは全然落ちてこない…』

落合『ダブルショックやな』

打たれてほんの数秒のことが、きっと何分もの長い時間に感じたに違いありません。
それだけ岩瀬さんにとっては“悪夢の一球”となったようです。

今でも思い出したくない北京五輪

北京五輪では無念のノーメダル、4位に終わった日本チーム。
岩瀬さんは気持ちをしっかり切り替えることができないままの傷心帰国となった。

岩瀬『その精神状態もよくわからなかったですね。僕の中でも。帰ってきてゲームやっているのは分かるんですけど、全然気持ちが切り替わってなかったんで。ただ帰ってきてチームの人に声をかけてもらった時に、“ああ、まだ自分にはやることがあるんだな”って思えたので』

若狭『だんだん試合をやっていくことで切り替わっていくものですか?』

岩瀬『まあ正直投げていた時は、あんまりよく分からなかったですね。普段と同じことをやっているんですけど、何か気持ちの中で試合に勝っているのに喜べない自分がいましたよね』

落合『たぶん、まだ今でも北京五輪っていう言葉を掛けられると、ふとすぐ思い返すぐらいのショックを受けていると思うよ』

岩瀬『うん、実際イヤですもん。だから早く年が変わってくれた事がうれしい!(きっぱり)』

落合『だからこれだけ長いオフを与えた方が良かったんだよ。だからWBC出場は、本当に俺は無理だと思うのよ。絶対スロースターターだから』

岩瀬『絶対に無理です、僕は。というのも、今までも開幕に間に合ったいつも照準を合わせるじゃないですか。開幕にも間に合っていない人が、間に合うわけないじゃないですか!10年間やってきた中で、開幕に間に合ったのは1年目だけですよ。あとはとりあえず開幕しちゃったみたいな感じで入っているんで、ずっと。しかも遊びじゃないですからね』

若狭『それこそ英二さんがおっしゃるように、その状態では日本代表チームには…』

岩瀬『失礼ですもん』

投手は臆病であれば臆病であるほど良いと聞いたことがある。
それだけ慎重となり、最悪のケースを考えて、投げていく術を見出していくのだ。
打たれた数だけ心に傷を負い、そのかさぶたが取れた時、より強い投手へと進化していく。
まさに百戦錬磨の岩瀬さんといえども、北京五輪の傷はかなり深くて重傷を負った。
ただその経験こそが後々400セーブまで記録を伸ばした糧となったのは言うまでもない。

寂しがり屋の鉄腕

当時メジャー入りも噂された岩瀬さん、しかしこの年からドラゴンズと新たに4年契約を結びました。その心境を聞いてみると…。

岩瀬『そうですね。やっぱり4年契約というのは心のどこかに落ち着きはありますよね』

若狭『逆に我々ファンはメジャーを断ち切ったと見ていいわけですね?』

岩瀬『もう完全に断ち切っています、ハイ。』

若狭『何故メジャーを断ち切ったのですか?』

岩瀬『まず、食が合わない』

“職”ではなく“食”!?

落合『野球じゃねぇーぞ!野球じゃねぇーぞ、言ってることが分かるか?野球が通用しないとかじゃねぇーぞ、言ってることが!食が合わない。日本語のテレビがやってない。日本語の本とか雑誌とか新聞がない。そういうイメージしかないんだよ。アメリカにはしっかりとあるのに!』

岩瀬『たとえば、向こうに行った時に会話ができない。ということはやっぱり独り。ということは独りで買い物に行かなくてはいけない。ということは買い物できない。生活できない、イコール、アメリカへは行けないみたいな感じで』

落合『うさぎだな。うさぎだ、うさぎ。寂しいと死んじゃうんだってよ、うさぎは。そりゃあ、メジャーのスカウトも何も言えないだろ?すいませんってなるよ、用意できないもん』

まったくもって、かわいい寂しがり屋の鉄腕うさぎだな(笑)。
ただその性格だったからこそ、前人未踏の大記録を打ち立てたわけだ!
人生、どう転ぶか分かりませんな!

(竹内茂喜)

画像:©CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」燃えドラch


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