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★In My Life with The Beatles(No.2)映画「EIGHT DAYS A WEEK」が伝えるビートルズ・スピリット

★In My Life with The Beatles(No.2)映画「EIGHT DAYS A WEEK」が伝えるビートルズ・スピリット
筆者撮影:The CAVERN CLUB(C)CBCテレビ

ビートルズの原点は、ライブバンドです。ティーン・エイジャーだったジョン・レノンが高校の友達と「クウォリーメン」というバンドを組んで、リバプールの教会のチャリティー・イベントのステージで生演奏を披露したのが、ビートルズの歴史の始まりです。「クゥリーメン」に、ポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンが加わり、バンドは進化していきます。バンド名をThe Beatlesと改め、地元リバプールのライブハウスに出演するようになると、エネルギッシュなステージに魅了される固定ファンがどんどん増えていきました。

拠点になったのが、リバプールの繁華街マシュー・ストリートにある「キャバーン・クラブ」でした。彼らが出演する日のマシュー・ストリートには女性ファンたちがあふれ、ステージの開演時間が近づくと、キャバーン・クラブの前の路地は長蛇の列だったと伝えられています。
その後、ドイツの港町ハンブルグへの出張演奏の仕事も引き受けて、連夜のハードな生演奏を経験。演奏レパートリーも増え、ステージ・パフォーマンスの腕も磨いて、ライブバンドとして大きく成長していきます。そして、ロンドンに進出してレコード・デビュー。ナンバーワンヒットの連発、世界のトップスターへ・・・と昇り詰めていったのです。

ビートルズの原点だったライブバンド時代を追ったドキュメンタリー

初期のビートルズは、まさにライブバンドとして世界中を飛び回り、各地で生演奏のステージに立つ毎日でした。映画「EIGHT DAYS A WEEK」は、そんなビートルズのライブツアー時代の素顔を記録したドキュメンタリー映画です。
ですから、この映画には、ビートルズの原点であるライブバンドとして、彼らが何を考え、何を夢みて、そして何に悩んだのか・・・彼らの表情、彼らの言葉、彼らの振る舞い、彼らの心の奥、そして彼らの哲学までも・・・余すところなく描かれ、私たちの心に迫ってきます。

誰のために演奏するのか?

さまざまなエピソードがぎっしりと詰まったこの映画の中で、私が最も心打たれたシーンがあります。
1963年、アメリカの首都ワシントンDCでは、公民権運動のリーダー、キング牧師が「私には夢がある(I have a dream)」という有名な演説を行い、人種差別のないアメリカ社会の創造を訴えました。その翌年、1964年にビートルズはアメリカに進出。アメリカで人気のテレビ番組「エド・サリバン・ショー」に出演し、全米各地で次々にライブを開催しました。しかし、地方都市へ行くと、まだまだ人種的偏見が根強く残っている地区もありました。

ある町での公演が予定されたときのこと。その公演会場は、白人の入り口と黒人の入り口が分けられていることを知ったビートルズは、「そのような会場では、演奏したくない」とその会場でのライブ公演を拒否したのでした。主催者は、何千人もの観客を動員できるビートルズのライブがキャンセルになっては困るので、マネージャーを通して、考え直してもらえないかと、再三交渉を持ちかけてきました。しかし、ビートルズは、「人種差別を容認する会場では絶対に演奏しない」と毅然と断りました。映画では、リンゴ・スターが、当時を回想して語ります。「あれは、4人のメンバー全員で真剣に話し合って決めた結論だった。ぼくたちは、いったい誰のためにライブをやるのか?白人のために?黒人のために?そうじゃない。ぼくたちは、みんなのために演るんだ(We play not for white, not for black, but for people ! )ってね 」

人々に寄り添うビートルズ・スピリット

頑として動じないビートルズの固い決意の前に、主催者は負けて、この会場の入り口の人種隔離は撤廃され、白人も黒人も分け隔てなく入場できるようにしました。会場内では、黒人も白人も隣り合わせの席で、ビートルズの演奏に夢中になり、歓声をあげたのでした。これ以降、この会場も含めて全米のイベント施設に、人種隔離の入り口を廃止する動きが広がっていったのです。
誰のためにライブをやるのか?音楽はすべての人々のためにあるもの・・・というビートルズ・スピリットが、アメリカ社会の公民権運動を後押ししたのです。
人々に寄り添うビートルズ・スピリットは、その後も生き続け、「All You Need Is Love」や「Black Bird」などのメッセージソングを生み出していきました。

CBCテレビ論説室 特別解説委員
後藤 克幸

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