【日めくりドラゴンズ】12年前のきょう・・・竜連覇の立役者がドラフト指名!
2006年11月21日。この日行なわれた大学・社会人ドラフトで、のちにドラゴンズを連覇に導く一人の投手が指名されました。
今シーズン限りで現役を引退した、浅尾拓也投手です。
9月26日に行われた引退会見で、心に残る一球を聞かれた際、グラブの注意を受けたあとの高橋由伸さんに投げたインコースのストレート、と答えた浅尾投手。
きょうはそのシーンを振り返ります。
グラブの紐にクレーム
2010年7月10日のジャイアンツ戦。
7.5ゲーム差で追いかけるジャイアンツを、ナゴヤドームに迎えての三連戦。初戦はドラゴンズが勝ち、ゲーム差を6.5にして迎えた二戦目でした。
2010年7月10日
巨 人 000 001 000=1
中 日 040 110 01x=7
(勝)山井 (敗)藤井
本塁打・・・エドガー6号、谷繁4号
この試合のCBCラジオ中継は、
解説・立浪和義さん、実況・若狭敬一アナウンサーでした。
5点リードの7回途中、先発・山井のあとを受け、2死一、二塁のピンチで浅尾がマウンドへ。
対するバッターは高橋由伸。カウント1-1となったとき、試合が一時中断します。
※ラジオ実況
《いま原監督が来ました。原監督が球審・木内のところに行きました。
原監督が腰に手を当てて、ピッチャーの浅尾を指差しました。
そして、かなり険しい顔で抗議しています。》(若狭アナ)
浅尾のグラブの紐が解けていて打者の目障りになっていると、ジャイアンツ・原監督がクレーム。注意を受けた浅尾がグラブの紐を改めて締めてから、試合は再開されました。
※ラジオ実況
《さぁ、仕切り直し。1エンド1。投球次が3球目。
浅尾、セットポジション。第3球を投げた。
フォークボール、スイングは…振っています。2ストライク1ボール。
紐と気持ちを引き締め直した浅尾です。》(若狭アナ)
という若狭アナウンサーの実況も挟んでからの5球目。
※ラジオ実況
《2ストライク1ボール。投球は次が5球目です。
セットポジションに入りました、浅尾。二塁ランナーをちらっと見て、
高橋に第5球を投げました。
インサイド直球!見逃し三振!3アウト!》(若狭アナ)
見逃し三振を奪ったインコースへのストレート。
このボールこそが、浅尾が引退会見で語った一球でした。
ドラゴンズはこの試合に勝ったことで、ジャイアンツとのゲーム差は5.5に。
さらに翌日の試合にも勝って三連勝。ゲーム差を一気に4.5まで縮めることとなりました。
4年ぶりのリーグ優勝を果たしたこのシーズンにおける、一つのターニングポイントといえる三連戦でした。
愛知大学リーグ二部からプロへ
愛知大学リーグ二部・日本福祉大学で頭角を現した浅尾。大学4年秋に二部優勝を果たすと、入替戦ではのちにチームメイトとなる清水昭信との投げ合いを制して名城大学を撃破。チームの一部昇格を置き土産に、プロの世界へ飛び込みました。
入団直後は先発として起用されることもあり、2009年には開幕投手も務めました。
中継ぎエースとしての地位を確立したのは2010年。開幕からセットアッパーに定着し、72試合に登板して59ホールドポイント(12勝47H)を挙げてリーグ優勝に貢献。
翌2011年は79試合に登板し、防御率0.41という驚異的な数字を記録。球団史上初の連覇を果たしたチームにおいて、MVPに輝きました。
来シーズンからは二軍投手コーチに
150キロ代後半の剛速球と、華麗なフィールディング、そして端正なルックスでファンを魅了した浅尾。しかし、2012年以降は肩の故障に苦しみ、かつてのような剛速球は影を潜めることになりました。それでも根強いファンは多く、浅尾の名前がコールされるといつもナゴヤドームは大歓声に包まれました。
来シーズンは、二軍投手コーチとして、引き続きドラゴンズのユニフォームを着る浅尾。秋季キャンプでは、同じく今季限りで現役を引退した荒木コーチと共に、ノックバットを握る姿がありました。今シーズン、チームの防御率は12球団ワースト。連覇を達成したときのような投手王国の再建を目指し、後進の育成あたります。
【CBCアナウンサー 榊原悠介
中日ドラゴンズ検定1級。日付からドラゴンズの過去の試合を割り出せる特技を持つ】
毎週水曜日連載。