加藤シゲアキの青春小説『オルタネート』で躍動する若さと時代の“今”

加藤シゲアキの青春小説『オルタネート』で躍動する若さと時代の“今”

こんな作品が書けるんだと驚いたのが正直な気持ちだった。著者を紹介するためにあえて書くならば、アイドルグループ「NEWS」のメンバーである加藤シゲアキさんの著作。その『オルタネート』は、今の時代をきっちり描き、かつ実に爽やかな読後感の青春小説だった。

アイドルを越えた小説家

「あえて書くならば」と紹介したのには理由がある。「アイドルが書いたにしては」と決して言いたくないからである。かつて同じ事務所にいた先輩・草なぎ剛さんが主演した『ペペロンチーノ』というドラマがある。宮城発地域ドラマとしてNHKが2021年3月の東日本大震災10年に合わせて放送したものだが、劇中に感動的な言葉がある。被災地でイタリアンの料理人として歩み始めた主人公を、マスメディアは被災地と結びつけながら讃えて紹介する。そんな中でただひとつ震災と切り離して、料理を紹介した記者がいた。その記者に対して草なぎさん演じる主人公が、感謝をこめて語る「俺は被災者じゃない、料理人だ」と。肩書、環境、そして修飾語なく、その仕事の中味のみで評価してほしいと。
思い入れがあって少々饒舌になったが、『オルタネート』もアイドル作家ではなく、まさに小説家・加藤シゲアキ氏が書いた本だということだ。※「草なぎ剛」の「なぎ」は本来漢字

魅力的な登場人物たち

物語は東京の高校を舞台に、「新見蓉(にいみ・いるる)」「伴凪津(ばん・なづ)」「たら丘尚志(たらおか・なおし)」の3人の若者を中心に、調理部とコンクール、バンドと学園祭などそれぞれの日々を描いていく。登場人物の名前からして、実にユニーク。よく思いつくものだと感心するが、それ以上に、ストーリーの展開、みずみずしい文章、そして3人の青春が絡み合っていくクライマックスへの盛り上げなど、実に巧みに構築された内容に読書を満喫した。
作品の軸となっているのが、高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」、もちろん加藤氏が創作した架空アプリ名であるが、このマッチングアプリをテーマに据えたことも斬新だった。※「たら丘尚志」の「たら」は小説では漢字

小説の軸“マッチングアプリ”の今

画像『写真AC』

マッチングアプリとは、インターネットのアプリに参加しているたくさんのユーザーを繋げるシステムで、お互いに好みがあった者同士が希望すれば、それを引き合わせる。就職や転職、また婚活にも使われる。最近はAI(人工知能)もお目見えした。入力された膨大な情報の中から、AIが相性の良い人を見つけて教えてくれる。「婚活」ならば、AIがプロフィール写真の選択までアドバイスしてくれると言う。少子化による人口減少を重要課題として対策に取り組む政府も、このAIを使ったマッチングアプリに注目し、「AI婚活」を推奨する自治体に対しての補助金を2021年度から増額した。

人と会えない時代だからこそ

新型コロナウイルスによる影響もある。明らかに人と出会う機会が減っている日々、そんな中だからこそ逆に「誰か異性と寄り添いたい」という思いは強くなっているようだ。マッチングアプリ業界最大手「ペアーズ」のダウンロード数は2020年に、前年比170%と大きく伸びた。またコロナ禍によって、学校のオンライン授業や職場のテレワークによって、画面越しのやり取りにも抵抗がなくなったこともあるようだ。人と会えない中、マッチングアプリは“人と出会う”可能性を大いに広げたツールとして、まずます重宝されている。そんな中での小説『オルタネート』。

小説家・加藤シゲアキの筆力

これから読む人もあるので多くは語らないが、小説の中には男女の相性パーセントを数字で示す場面も登場する。同時に相性はそれだけでは決まらないという逆説も。「マッチングアプリ」という出会いの方法を、加藤氏が自分なりに飲み込み、消化し、文章として吐き出した結果の快作。吉川英治文学新人賞に選ばれ、その一方で直木賞と本屋大賞は逃したが、賞うんぬんは関係なく、2021年の今、是非多くの人に手に取ってもらいたい1冊である。同時に、小説家・加藤シゲアキ氏の次作にも大いに期待したい。

【東西南北論説風(229) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

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