イギリスで見た超高齢社会への取り組み・・・日本との違いは?

後藤克幸

2017年10月17日


急速に進む「超高齢社会」は日本だけの問題ではありません。
イギリスも日本とたいへんよく似た状況の中、お年寄りの健康を支えるさまざまな取り組みが進められています。日本と共通する悩みもあれば、日本とは違った取り組みもありました。最新事情の報告です。

●イギリスの医療現場を取材?今なぜ?

65歳以上のお年寄りが人口に占める割合が今後急速に増加。住み慣れた地域で楽しく過ごせる地域医療の仕組みづくりが重要課題に・・・これは、日本もイギリスも共によく似た状況に直面しています。
また、医療制度の面でも、民間保険で格差社会が深刻なアメリカとは違って、イギリスの医療は、NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)という国の機関が運営していて、国民皆保険で国の税金も投入されている日本の医療とよく似ています。日本の医療の今後を考える上で、共通課題が多く参考になることも多いのです。
 
●どんな所に行ったの?


10月の上旬、私は、イギリス北部のアバディーン市という街を訪問しました。北海油田の基地として知られる街です。人口23万人。今回、認知症のお年寄りの支援センターなどを訪問したほか、介護のさまざまなプログラムを提供するケア施設のリーダーとの情報交換にも参加しました。

●「病院」中心の医療から、「地域」中心の医療へ・・・


  従来の医療は、病気になったりケガをしたりして「患者」になって初めて「病院」に行く医療でした。しかし、超高齢社会の医療は、年をとっても「住み慣れた地域」で健やかな暮らしを続けたいと願う人たちを支える医療がとても重要になってきます。具体的には、病気の予防や生活習慣の改善が重要な医療分野になります。病気やケガをした「患者」だけでなく「健康人」も医療の重要な参加者というわけです。

●そうした課題に、イギリスでの取り組みは?


イギリスでは、身近な街の中の薬局で、さまざまな医療サービスが受けられる仕組みになっています。写真は、アバディーン市のショッピングモールの中にある薬局ですが、その看板を見ると例えば、NHS(ナショナル・ヘルスサービス)が推奨している禁煙外来の指導が受けられます。また、生活習慣病の代表格である「糖尿病」の自己管理を支援するサービスなども提供されています。日本では、禁煙外来も糖尿病の指導も病院で行なわれますが、イギリスでは、地域にある薬屋さんがクリニックに近い機能と権限を持って市民の健康を見守る・・・「病院」中心から「地域」中心の医療へ・・・という新しい医療のカタチが作られていました。

●「認知症」対策も日英共通の重要課題!


認知症のお年寄りを支援する施設を訪問しました。認知症のお年寄りが通ってきて、さまざまなイベントプログラムに参加する・・・日本のデイサービスセンターのようなところです。そこで驚いたのは、プログラムの多様さでした。日本のデイサービスでは、「手芸」や「合唱」など女性向きのプログラムが多いため、男性のお年寄りは参加したがらない人が多い・・・というのが課題になっています。
ところが、イギリスの施設では、女性も男性も共に楽しめようにさまざまに工夫を凝らしたイベントプログラムが、毎日たくさん用意されていました。とくに興味深かったのは「サッカーの思い出を語ろう!」というプログラムで、往年のサッカー選手やサッカーチームの活躍について語り合おう・・・というものです。このプログラムは男性に大人気で、男性のお年寄りたちは、これを楽しみに嬉々として施設に通ってくるんだそうです。日本なら「相撲」や「野球」をテーマに、こうした男性向けのプログラムを作ったら良いのでは・・・と思いました。男性も楽しくデイケアに集まってくれるようになることが期待できそうです。

●イギリスでは、独自の財源確保への努力も・・・


もうひとつ、日本も参考になると思ったことがありました。訪問した認知症の支援施設では、アバディーンの街の中に「チャリティーショップ」を何カ所も開設していて、さまざまなグッズを売ったり、チャリティーイベントを開催したりして、市民から寄付金を集める努力をしています。この認知症施設では、建物の提供と数名の正規職員の雇用は公的資金から支出されていますが、日常の運営費のほとんどは、市民や地元企業からの寄付で賄われています。ボランティアの人たちも多数参加していました。
こうした独自の財源確保のための努力は、日本の介護施設にとっても大いに参考になるのではないでしょうか?介護保険や税金などの公的財源だけに頼りすぎていては、できることが限られてしまいます。お年寄りたちのために、多様なサービスを工夫を凝らして提供するためには、地域の人たちに対してもっと情報発信をして、応援してくれるサポーターを増やす取り組みが、日本でもこれからどんどん盛んになっていくと良いですね。 

先生、タイムカードを押しますか?

北辻利寿

2017年10月11日

スポーツの秋。

そんな中、卓球は空前のブームだそうである。

 

卓球台を備えた体育館なども利用したい人の人気殺到、ネット上には「練習会場を確保する抽選必勝法」などの指南ページまで登場している。

卓球台も生産が需要に追いつかず、学校から発注してもすぐには品が届かない特需だそうだ。

「地味」とか「根暗のスポーツ」とか言われた日々がまるで嘘のよう。"愛ちゃん"と皆に親しまれている福原愛選手が火を点けた卓球人気も、1年前のリオデジャネイロ五輪のメダルラッシュで完全に燃え上がったと言えようか。

 

卓球を本格的に始めたのは中学時代だった。

通っていた中学校には、卓球指導者としては全国的にも有名な顧問の先生がいた。

ジュニアスポーツは指導者の力量が大きな影響を持つ。

この先生のお陰で私たちの母校は、いわゆる"強豪"と呼ばれていた。

その分、練習もハードだった。当時はまだ週休2日制ではないため、月曜から土曜までの授業後は練習。

さらに、日曜の午後にも練習があった。

文字通り"卓球漬け"の毎日で、ラケットを握らない日はほぼなかった。

そして、その練習にはすべて顧問の先生が立ち会って指導して下さった。

 

教員の長時間労働が問題化している。

2017年8月、文部科学省の中央教育審議会・特別部会は「学校における働き方改革に係る緊急提言」をまとめて発表した。

その全文を読んでみたが、最初の一文に「勤務時間を意識した働き方を進めること」と、一般企業ではすでに当たり前に言われていることが明言されているところに、この問題の根深さがある。

 

1972年(昭和47年)に制定された法律に「教員給与特別措置法(給特法)」がある。その中で、教員には時間外勤務手当や休日勤務手当は支給されず、その代わりに基本給の4%にあたる調整額が支給されることが定められている。

すなわち、法律上、教員の残業時間はゼロなのだ。

その流れが半世紀近くにわたり学校の先生を巻き込んできた。

その流れを変えようというのが、今回の緊急提言である。

 

提言の中では、学校の働き方改革について、いくつかの具体的な案を示している。

まず目につくのが、勤務時間を把握するためにICT(情報通信技術)やタイムカードなど客観的な集計システムを導入すること。

さらに、職員会議や部活動などは勤務時間を考慮した時間設定を行い休養日も設けること。そして、夏休みなど長期休暇期間には一定期間の「学校閉庁日」を設けることなどが提言されている。

 

 

文科省の最新の実態調査では、タイムカードなどで退勤の時刻を記録していると回答したのは、小学校で10.3%、中学校で13.3%。はたしてタイムカードというシステムが有効かどうかはともかく、勤務時間の把握が、いかに教員の自己申告に委ねられているかという現状はうかがい知ることができる。

2016年12月に連合総研がまとめた「日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する研究委員会」報告書では、在校時間について、小学校教諭が平均11時間33分、中学校教諭が平均12時間12分であり、民間の労働者の平均9時間15分に比べて相当長いことが指摘されている。

その上で、出退勤の正確な記録は9割近くが把握されておらず、報告書は「学校管理者の労働時間管理の欠落と労働者の労働時間意識の欠落」と指摘している。

 

文科省の緊急提言はまとまった。

しかし、大切なのは次の一歩である。

タイムカード導入にせよ、教員をサポートするスタッフ派遣にせよ、しっかりした予算措置があってのこと。

半世紀もの流れを変えるには相当なパワーがいることだけは間違いない。

そして忘れてならないのは「教員」すなわち「学校の先生」という仕事の重要性である。緊急提言の中にも「毎日児童生徒と向き合う教員という仕事の特性も考慮しつつ」という文言があるように、その存在は教え子の人生に大きな影響を与えるからだ。

 

中学時代に卓球の基本を徹底的にたたき込まれたお陰で、高校そして大学と卓球人生が続いた。

大切な仲間もいっぱいできた。それは10代前半での顧問の先生の熱心な指導があったからこそと今でも感謝しているが、先生の私生活そして健康面などに支障はなかったのだろうか・・・。

そう言えば、日曜日の練習の時に、まだよちよち歩きの男の子が体育館の隅にいて、ピンポン球を並べて遊んでいたような・・・。

先生の幼き長男だった。

働き方改革の動きは、過去の記憶まで呼び起こす大きなうねりとなって押し寄せている。  

                                    

東西南論説風(13)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

10月10日は何の日?総選挙公示、そして・・・

北辻利寿

2017年10月 9日

【CBCテレビ イッポウ金曜論説室】

●10月10日は何の日かご存知ですか?
年配の方を中心に、かつての「体育の日」というイメージが強いのではないでしょうか。
1964年(昭和39年)10月10日、東京五輪が開幕しました。
第二次大戦後の日本にとって、国が国際的にも認められ戦後復興の大きな弾みとなる大会でした。これに合わせて、東海道新幹線も開通いたしました。
夏季五輪としては随分遅い開幕ですが、総務省によりますと、これは東京の気温や湿度などを考慮した上で、さらに過去の気象統計上で晴れが多い日を選んだということです。現在はハッピーマンデー制のため、「体育の日」は必ずしも10月10日ではありませんが、やはり長年の印象は強いですね。

●今年の10月10日は、何と言っても第48回衆議院議員総選挙の公示日です。
安倍政権の突然の解散に始まり、小池百合子東京都知事による新党「希望の党」結成、民進党が分裂しての「立憲民主党」の誕生など、政権選択選挙として注目されます。
そして、北朝鮮では朝鮮労働党の創建記念日。
ミサイル発射の懸念もある中での10月10日です。

●そんな10月10日ですが、実は沢山の姿を持っている日です。
例えば「空を見る日」。
長野県の社会文化グループが制定したもので、「10」すなわち「ten」=「天」とい
う語呂合わせから生まれました。

●また「お好み焼きの日」でもあります。
これも実は語呂合わせ、「10」を「ジュー」と読み、10月10日で「ジュージュー」。お好み焼きを鉄板で焼く時のいかにも香ばしい音ですよね。
こちらはソース会社が制定しました。

●この他、語呂合わせから生まれた日は多く、「銭湯の日」「totoの日」「トートバッグの日」「トマトの日」「転倒防止の日」なども、声に出して読むと理由が分かります。
ユニークなところでは「貯金箱の日」。
わかりますか?
「10」という数字を横にして、「0」をコイン、「1」をコインの投入口に見立てたもので、おもちゃのメーカーが決めました。

●また「おもちの日」でもあります。
これはかつての「体育の日」に由来するもので、スポーツの時のエネルギー源として
餅が効果的だと、餅の製造組合が決めました。

●この他、まだまだご紹介したいのですが、今年の10月10日については、やはり衆議院議員総選挙の公示を忘れてはいけません。
3年前の前回総選挙は、投票率が戦後最低の52.66%でした。
主権者である私たち国民が国の行方について、きちんと意思を示す大切な機会です。
しっかりと各党そして各候補者の主張を聞いて、10月22日には必ず投票所に行っていただきたいと思います。

【イッポウ「金曜論説室」より  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

フェイクニュースの考察 ~マス倫懇の会場より~

北辻利寿

2017年10月 5日

英BBCニュースが、ある人物の死去を報道した。

去年の米大統領選でフェイクニュース(偽のニュース)を拡散させたとして名が知られたポール・ホーナー氏である。

記事によると、ホーナー氏は9月18日にアメリカ合衆国アリゾナ州の自宅ベッドで死亡しているのが見つかったと言う。

38歳の死だった。

「ローマ法王がトランプ氏の支持を公式に表明」などの虚報をフェイスブックやWEBサイトに掲載して、今回の米大統領選のひとつの風景ともなった。

 

この訃報が報じられた同じ日、長野県長野市ではマスコミ倫理懇談会の全国評議会が開催されていた。

マスコミ倫理懇談会、いわゆるマス倫懇は「マスコミ倫理の向上と言論・表現の自由の確保」を目的に1955年(昭和30年)に創設され、その4年後に現在の全国組織となった。

新聞・通信・放送・出版200を超す企業や団体が加盟、毎年秋に全国大会が開催され、その時代にマスコミが直面している様々なテーマや共通の課題を話し合う。

今年の大会には全国から300人余りが参加した。

 

「実名報道」「災害報道」「地方自治」などテーマ別に開かれた7つの分科会の内、「ネット時代に世論はどのように作られるのか」と題された分科会では、まさにそのフェイクニュースが取り上げられていた。

ホーナー氏が関わった米大統領選がきっかけとなって、フェイクニュースという言葉は一躍メジャーになった。

注目のテーマとあって、分科会の会場はフェイクでない熱気にあふれていた。

 

大学の研究者やネット炎上監視会社代表による講演に続き、新聞社のIT専門記者からフェイクニュースの歴史と現状について、わかりやすい講演があった。

最初に印象に残ったことは、かのジュリアス・シーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)が『ガリア戦記』の中で、「人は自ら望むものを喜んで信じる」と語っていたという話だった。情報の"受け手"の心理を見事につかんだ言葉であり、これが紀元前の軍人によるものであることが感慨深い。

講師は、フェイクニュースのひとつの起源としてこれを紹介したのだが、遠くローマ時代と比較しなくても、スマホとソーシャルメディアの普及によってこの10年だけでも"自ら望む"情報の入手経路は急速に進んだ。

 

分科会での記者の講演で、もうひとつ印象に残ったことは、フェイクニュースの登場によって、逆に既存のメディアの信頼度が増していると言う。

大統領選でフェイクニュースの文字通り"洗礼を受けた"アメリカでは、最新の調査でメディアの信頼度が72%に達し、新聞記者がニクソン大統領を追い詰めたウォーターゲート事件直後の1976年以降で最も高い数字なのだ。

偽のニュースが横行したことによって、従来のニュースの信頼度が増すというのも皮肉なことだが、冒頭にホーナー氏の死を報じたBBCが速報ではない「急がないニュース」にも力を入れ始めたということも、ある意味で評価される。

かつて同じ英国のタイムズ紙は原稿をすべて過去形で書いていた。「憶測」は書かない、「起こったことのみ」「事実のみ」を書くというスタンスである。

 

フェイクニュースが話題になる度に、ある映画を思い出す。

『カプリコン1』という米英合作映画で、1977年(昭和52年)に公開された。

人類初の有人火星探査宇宙船カプリコン1号が打ち上げられるのだが、実は3人の乗組員は船に乗っておらず、砂漠にある基地に作られたセットで、火星探査の芝居をするというショッキングな内容だ。

40年も前の映画なのだが、映像技術が格段に発展した現在でもあり得るフェイクニュースである。

 

イギリスのオックスフォード辞典は、去年の言葉として「post-truth(脱真実)」を選んだ。「世論を形成するには客観的な事実よりも個人の感情や信条に訴えた方が影響力を持つ時代」という背景であり、今回のマス倫懇の討議でも度々この言葉が口にされた。

 

かつてのタイムズ紙には叱られるかもしれない憶測だが、「フェイクニュース」という言葉は、おそらく今年の流行語大賞にもノミネートされるだろう。

会社の後輩の小学4年になる息子さんは、家族でトランプ遊びをする前に、かの大統領の口調を真似て「フェイクニュース!」と叫ぶとか。

あながち憶測とは言えないかもしれない。

だからこそ「truth(真実)」にこだわらなければならない時代だと自戒したい。

 

東西南論説風(12)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿

甲子園とことん野球しませんか?

北辻利寿

2017年9月27日


画像:足成

その記念碑は校門を入ってすぐの場所にあった。
青森県三沢市にある県立三沢高校の校舎は、おだやかな春の光に包まれていた。
そして記念碑には大きな文字で「栄光は永遠に」と書かれていた。
今から半世紀近く前の1969年(昭和44年)、夏の全国高校野球大会で準優勝した野球部の功績を讃えてのものだ。

あの夏の三沢高校は、準優勝という"記録"以上に、太田幸司という投手の名前と共に
人々の"記憶"に残っている。
甲子園での決勝は、青森県代表の三沢高校と愛媛代表の松山商業高校の対戦となった。
三沢の太田幸司と松山商業の井上明、両投手は一点も与えず、ゲームは延長18回で0対0。
大会ルールによって再試合となり、翌日のゲームで松山商業が4対2で三沢を下して、優勝旗を手にしたのだ。
再試合を継投で闘った松山商業に対し、三沢は前日に続き太田投手がひとりで投げきった。18回と9回、太田投手は決勝戦で実に27回を投げたのだ。
小学生だった私が甲子園での高校野球を強烈に意識したのは、まさにこの名勝負からだった。
今も鮮明に覚えている。

そんなゲームはもう見られなくなりそうだ。
日本高校野球連盟は、来年春の選抜大会から「タイブレーク」制を導入することになった。11月に開かれる理事会で正式に決まる動きだ。
タイブレークは、試合を早く終わらせるためのルールで、すでにワールド・ベースボール・クラシック(WBC)などでも導入されている。
ドラフト会議注目の清宮幸太郎選手や中村奨成選手が出場した今夏のU-18ワールドカップでも、タイブレークの末に日本が勝ったゲームがあった。
高校野球で導入されるルールは、9回で決着がつかず延長戦に入った場合、13回からは「無死1・2塁から攻撃を行う」というものである。

タイブレーク制を導入する背景には、選手の健康面を考え負担を軽減しようという狙いがある。
今年春の選抜大会2回戦では、延長15回引き分け再試合がなんと2試合もあり、これがタイブレーク制への背中を押したようだ。

もともとは限度なく延長戦が続いていた高校野球も、三沢対松山商業の決勝からさかのぼること11年前、1958年(昭和33年)に「延長18回で打ち切り・再試合」。
そして2000年(平成12年)には、それをさらに縮め「延長15回で打ち切り・再試合」と改革は進められてきた。
延長18回と15回、このルール変更の合い間にあったゲームが、1998年(平成10年)夏の大会の準々決勝で、横浜高校の松坂大輔投手が、PL学園相手に250球を投げて勝った名勝負である。
そして、ルール変更後にあったゲームが、2006年(平成18年)早稲田実業高校の"ハンカチ王子"斎藤佑樹投手と駒大苫小牧高校の"マー君"田中将大投手が、決勝で延長15回を投げきった激闘である。
そのいずれもが高校野球史に残り、今なお語り継がれている。
こうした歴史もルール変更によって"今は昔"となりそうだ。これでいいのだろうか?

日本でこのタイブレーク制導入が話し合われていたほぼ同じタイミングで、海を越えた米国のメジャーリーグでは、イチロー選手が初めて"投げない敬遠"を体験していた。
これは試合時間短縮のために今季からMLBが採用した新ルールで、守備側の監督が球審に敬遠の意思を告げると、投手は1球も投げる必要なく、打者は四球となって1塁ベースで進むというものである。
初めての経験にイチロー選手は「ダメ。面白くない。ルールを戻すべき」と語ったそうだ。野球漫画『ドカベン』に登場する明訓高校の岩鬼正美選手は他の選手が打たない"悪球"を見事に打つ選手なのだが、敬遠のボールを打つドラマも新ルールではなくなってしまうのだ。これでいいのだろうか?

今回のタイブレーク制導入について、グランドの主役である選手たちはどう思っているのだろう。
はっきりと自分の言葉で「駄目だし」ができるプロのイチロー選手と違って、高校球児たちに意見を言う場はあるのだろうか?
延長戦によって感動をもらうのはゲームを見守る私たち観客だが、勝つ喜びや負ける悔しさなど直接的な感動を得るのは、グランドで闘う選手たちである。
悔いなくとことん闘ってほしいと願う。
「栄光は永遠に」・・・東北の地の高校に立つ記念碑の言葉が胸にしみる。 

【東西南論説風(11)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】