「働き方改革国会」に注目だ!
北辻利寿
【CBCテレビ イッポウ金曜論説室】
●安倍晋三首相は、1月4日に三重県伊勢市で行なわれた2018年最初の記者会見で、近づく通常国会について次のように宣言しました。「働き方改革国会です!」。
その第196回通常国会が、1月22日に召集されます。会期は6月20日までの150日間です。
●今回の通常国会ではたくさんの法案が審議されます。
去年秋の衆議院解散によって先送りされた法案の中でも、注目されるのは、安倍首相の言葉にもあった「働き方改革法案」です。
ポイントは、これまでいわゆる"青天井"状態で延ばすことができた残業時間に上限の規制を設けること、同一労働で同一賃金を得るルールの導入、そして、高い収入の専門職を労働時間の規制から除外する「脱時間給」制度などが挙げられます。
厚生労働省は、この働き方改革関連法案の施行について2020年をメドとしていますが、野党は残業代との関連で反発する姿勢も見せており、国会での審議の行方に関心が高まります。
●もともと通常国会では新年度予算案の審議が重要です。
2018年度の新年度予算案は一般会計が総額97兆7128億円余りと、6年連続で過去最大の更新となりました。社会補償費や防衛費のアップが目立ちますが、アベノミクスも6年目に入る中、国民の実感が伴う景気対策が望まれます。
●この他に審議が予定される主な法案では、飲食店での受動喫煙対策を強化する「健康増進法改正案」。
18歳選挙権も定着しつつある中、成人年齢を20歳から18歳に引き下げる「民法改正案」。この民法改正案には、高齢社会に合わせて相続制度の見直しも盛り込まれます。故人の配偶者が自宅を引き継ぐ権利などで優遇される内容で、こうした相続法制の大幅な見直しは1980年以来、実に38年ぶりです。
●この他にも、カジノを含む統合型リゾート実施法案などもが注目されますが、何と言っても、その行方に関心が集まるのは、憲法改正案です。
安倍首相は「働き方改革国会」と宣言した同じ記者会見において、「憲法のあるべき姿を国民に提示した上で、憲法改正に向けた国民の議論を一層深めていく、そんな1年にしたい」と年頭に語っています。通常国会の間に、憲法改正案についても何らかの動きがあるのか、私たちひとりひとりが注視していかなければなりません。
●その一方で、対する野党ですが、去年秋の解散総選挙の際に、民進党が分裂しました。立憲民主党、希望の党、そして民進党など、かつてのひとつの党にいた議員たちがどのように共闘を組み、野党として自民党政権と見合っていくのか。
希望の党と民進党の統一会派作りも白紙になるなど、野党共闘の行方は不透明です。
去年、国会では党首討論が行なわれませんでした。野党側の時間が短縮される質問時間の配分問題など、本来国会の場で必要な本格的な論戦が次第に曖昧になってきている現状です。
まさかの衆議院解散総選挙がなければ、来年2019年夏の参議院選挙まで国政選挙がないと見られる中、今後の国会の枠組みをも占う大切な通常国会になります。
【イッポウ「金曜論説室」より by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】
野球の敬遠革命~田尾は岩鬼は何思う?
北辻利寿
画像:足成
中日ドラゴンズで活躍した田尾安志選手を語る時に必ず出てくるのは、1982年(昭和57年)10月18日、近藤貞雄監督の下でセントラルリーグ優勝を決めた横浜スタジアムでのゲームである。
ドラゴンズがマジック1で迎えたこのゲームには、優勝とともに首位打者争いがかかっていた。打率トップは横浜大洋ホエールズの長崎啓二選手(現・慶一)で3割5分1厘、2位は田尾選手で3割5分0厘1毛。その差はわずか9毛差で、田尾が1本ヒットを打てば逆転する僅差だった。
長崎にタイトルを取らせたいホエールズは長崎をスタメンから外してベンチに置き、田尾を毎打席敬遠するという策に出た。田尾は最後のチャンスとなった5打席目、3ボールからの敬遠球を2球続けて空振りする。
打者としての勝負を避けられたことに対する猛烈な抗議であり、その姿にドラゴンズファンはもちろん、多くのプロ野球ファンは声援を送った。そんなシーンももう見られなくなるのか。
敬遠をする場合に申告すればボール4球投げなくてもいいという「申告敬遠」規定が野球ルールに採用された。先日開かれたプロ・アマ合同の日本野球規則委員会で決まったのだが、守備側の監督が審判に対して敬遠の意向を表明すれば、投手は1球も投げないまま打者は「四球」として1塁に出塁できる。
今回のルール変更の理由には、2020年の東京五輪での野球競技復活がある。
全日本野球協会では「日本の国内ルールが、米メジャーリーグや国際大会との食い違いがあってはいけない」と説明した。メジャーリーグではすでに2017年シーズンから、試合時間短縮を目的に「申告敬遠」を採用している。
しかし、いち早く昨シーズンにメジャーリーグにおいて、バッターボックスで実際に"投げない敬遠"を経験したイチロー選手は「ダメ。面白くない。ルールを戻すべき」と語った。
野球選手は試合中のリズムを気にすると言う。守備の間にバッティングの意識を高めると語る選手もいて、そういう選手は指名打者に回ることを嫌がったりもする。試合時間の短縮以上に、ゲームのリズムにどんな影響が出るのだろうか。
野球漫画『ドカベン』でも敬遠四球はドラマを盛り上げる要素として登場している。
主人公・山田太郎捕手に勝るとも劣らない人気キャラクター・岩鬼正美選手は、他の選手が打たない"悪球"を見事に打つ選手で始球式のボールをホームランにしたほどだが、岩鬼が敬遠のボールを打つドラマも新ルールではなくなってしまう。
また山田や岩鬼の所属した明訓高校のエース里中智投手が、迷いながら投げた敬遠のボールを、ライバル横浜学院高校の強打者・土門剛介選手に痛打されるシーンも印象的だが、こうした場面も今は昔か。
敬遠球打ちについては、実際、1990年(平成2年)6月2日の讀賣ジャイアンツ対広島カープ戦では、巨人のクロマティ選手が敬遠のボールを二塁打にしてサヨナラ勝ちしたというドラマもあった。何が起きるかわからない、だから野球は面白いのだが・・・。
きわどいプレイの判定にビデオ映像の検証を求めることができる「リクエスト」。
延長13回から無死1,2塁で試合を開始し決着がつくまで繰り返す「タイブレーク」。
「申告敬遠」と共にいずれも今年からお目見えしていく新ルールである。
どこか"合理的"な印象が否めないが、法律が時代と共に改訂されていくのと同じように、野球ルールにも変化が訪れてもおかしくはない。
ただ、一度決めたルールだから、と頑なに進むのではなく、常に検証を心がけ、場合によっては微修正していくような柔軟性を持って臨んでほしい。野球本来が持つ面白さ、醍醐味、ドラマ性などがルール改正に伴いマイナス面の影響を受けることなく、ますます進化していくように・・・。
5打席連続の敬遠によって首位打者を逃した田尾選手、その打席の印象と記憶は、首位打者を取った選手と同等に強烈であることは歴史が証明してくれている。
【東西南北論説風(26) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】
新年はニュース続々!でも越年課題も山積
北辻利寿
画像:足成
新しい年になって2週間、いつもの年に比べてかなり多くの出来事が起きている。
韓国と北朝鮮の2年ぶりの対話、沖縄での相次ぐ米軍ヘリ不時着、元横綱・日馬富士問題での貴乃花親方の理事解任、カヌー選手による禁止薬物混入、「成人の日」晴れ着業者トラブル、そしてプロ野球で活躍した星野仙一氏の死去・・・。
ニュースは連日にぎわっているのだが、実はこのお正月は越年した課題も沢山ある。
海外で気になるは、暮れの12月になって世界を驚かせたアメリカのトランプ政権によるエルサレム首都認定。
国連の場における「首都認定」撤回決議までが年内にあった国際的な大きな動きであったが、今後このトランプ大統領の決断をめぐって、世界に何が起きるのかは想像もつかない。テロの懸念もある。
今から25年前、クリントン米大統領の仲介により、イスラエルのラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長による歴史的な握手、それをイスラエルやパレスチナ自治区の現場で取材した思い出があるが、あの高揚感は何処へ・・・。
中東和平の歩みは決して容易でないことは歴史が語っているが、これまでずっと中東和平の仲介役をしてきたアメリカの方針転換は、ヨーロッパ各国の強い反発の中、世界に亀裂を入れたまま年を越した。
北朝鮮をめぐる情勢も、年が明けて南北会談が行なわれたからと言って、核ミサイル開発問題に出口が見えたわけではない。
まもなくお隣の韓国では平昌オリンピック・パラリンピックが開幕、北朝鮮も参加を表明したものの、競技と同様に朝鮮半島には世界中の注目が集まっている。
国内では、6年目を迎えた安倍政権の課題。安倍総理は年頭会見で、1月22日に召集される通常国会を「働き方改革国会」と位置づけ関連法案に取り組むことを明らかにした。受動喫煙をめぐる健康増進法改正法案や成人年齢を20歳から18歳に引き下げる民法改正法案など、去年秋の衆議院解散によって先送りされたテーマが目白押しである。
また継続されている憲法改正論議についても「あるべき姿を年内に提示」と意欲を示した。しかし、去年の流行語に「忖度」という言葉まで送り込んだ、いわゆる「森友・加計問題」は本当にこのままで済んでいくのだろうか。これも越年の課題と言えよう。
対する野党も課題が続く。秋の解散総選挙をきっかけに民進党が分裂したが、立憲民主党、希望の党、そして民進党、この3党の今後の協力態勢もどうなるのか?
これまで「同床異夢」とも見られていたが、今や「異床異夢」の状態である。国会審議が進む中でどう動くのだろうか。
去年後半になって続々を発覚したメーカーを中心にした不祥事。日本を代表する大企業で次々に見つかった不正や検査データの改ざんに、日本製ブランドの信頼は大きく揺らいだ。本当にこれで打ち止めなのか。そして新幹線のぞみの台車亀裂とそれを見逃してしまった管理体制のすき間。新幹線の安全神話が揺らいだショックも癒えていない。
そして沖縄の基地問題も出口が見えてこない。
12月に入っての米軍ヘリからの窓枠落下事故など火に油をそそぐ事態が次々と起きた上、年が明けてもヘリ不時着などが続いている。そんな中、2月には普天間基地の移転先とされる辺野古、それを抱える名護市の市長選が投票を迎える。
秋にはいよいよ沖縄県知事選も・・・。年を越しても沖縄から目が離せない。
スポーツ界では、元横綱・日馬冨士の暴力問題から端を発した相撲協会の内部亀裂。
1月場所は待ったなしでやってくるが、立行司のスキャンダルも発覚。春に向けて理事選もあり貴乃花親方の動向などが引き続き注目されるなど、春に向けて各界の動揺は収まりそうもない。
平昌オリンピック男子フィギュアの羽仁結弦選手の怪我の状態も年越しの心配事である。そして海の向こうのスポーツでは、イチロー選手が今シーズンにプレイするチームが未だに決まっていない。年越しである。
除夜の鐘は、古い年を除き去り新年を迎えるものと言う。除夜の鐘の数は108。
107は年内に打ち、残り1つを新年に打つという寺もある。
その数は煩悩の数だと言われるが、実は野球の硬式ボールの縫い目の数も同じ108である。人気漫画『巨人の星』で主人公・星飛雄馬の父・一徹が、除夜の鐘とボールの縫い目の数が一緒だと語る場面がある。この数の一致は偶然だというのが定説であるが、とはいえ数は同じ。
『巨人の星』と同じ、野球を生業(なりわい)とするイチロー選手にも、そして多くの越年の課題にも、早く108個目の鐘が鳴って何かが動くことを願っている。
【東西南北論説風(25) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】
弔辞~中日ドラゴンズ星野仙一投手へ
北辻利寿
新年最初のコラムで、まさか貴方へのお別れの言葉を述べることになるとは想像もしていませんでした。星野仙一さん。1969年(昭和44年)中日ドラゴンズ入団の時からすっと見守ってきたドラゴンズファンとして、思いを語らせていただきます。
ドラゴンズファンとして星野投手が大好きでした。
エースナンバー背番号「20」を背にマウンドで躍動する姿にいつも興奮しました。
何より讀賣ジャイアンツに強かった。生涯146勝の内、巨人からの35勝は見事です。そして、そのジャイアンツの10連覇を阻止して、ドラゴンズが20年ぶりのセントラルリーグ優勝を決めた瞬間のマウンドには、貴方が仁王立ちしていました。1974年(昭和49年)10月12日のことです。
私にとってこの優勝以上に嬉しい優勝はその後もなく、今後もないと思います。
その前夜の神宮球場、土壇場で同点に追いつき優勝マジックを2としたマウンドにも貴方がいました。鬼気迫る投球に私は翌日の優勝を確信しました。
私が最も好きな貴方のマウンドは、1978年(昭和53年)8月10日ナゴヤ球場。相手はやはり讀賣ジャイアンツでした。
私の日記にはこのゲームのことが詳細に記されています。
4-3の1点差リードで迎えた7回表、無死2、3塁というピンチでリリーフに立った貴方はその回を抑える。
そして1点差のまま迎えた運命の9回表。今度は一死満塁でバッターボックスには四番の王貞治選手。外野フライで同点、ヒットなら逆転という絶体絶命の大ピンチでした。
結果はセカンドゴロでダブルプレイ。高木守道二塁手の軽やかな守備での併殺、そして貴方のガッツポーズ。今でも鮮明に目に焼きついています。
ゲームの後、球審が語った言葉に震えました・・・「星野投手の球そのものに気合いが入り、何とも言い表せない勢いが加わった。最後の一球は真っ直ぐ来たのに、王が打とうとした瞬間になぜか球が不意に小さく変化した」。
当時の王選手が二塁に併殺ゴロを打つことはほとんどありませんでした。
「気合いによって直球が微妙に変化する」・・・まさに"燃える男"星野仙一の渾身の一球でした。
私の日記はこう締めくくられていました「星野はすばらしい男だ。すばらしく燃える男だ。星野と稲尾(和久)コーチの握手の強く長かったこと!この夏もこれで悔いなし!」。
ドラゴンズファンとして星野監督が大好きでした。
最高の戦略家でもあり演出家でもありました。
2年連続三冠王の落合博満選手を1対4の大型トレードで獲得、度肝を抜かれました。
新監督として初めて臨んだドラフト会議で、5球団による抽選に勝ち見事に近藤真一(当時)投手を引き当てたガッツポーズ。貴方はその近藤投手を高卒ルーキーだった夏にジャイアンツ戦に初登板初先発させて、伝説のノーヒットノーランを実現させました。
次のドラフト会議では立浪和義内野手をこれも抽選で勝ち取り、翌年の開幕戦でスタメン起用しました。そしてその年の昭和最後の優勝。
再び監督に復帰した時は、川上憲伸、福留孝介、そして岩瀬仁紀という名選手をドラフト逆指名で続々と獲得し、ドラゴンズを「入団したい球団」としてイメージアップさせると共に、1999年(平成11年)には開幕11連勝という史上タイ記録によって、またもペナントを勝ち取りました。
神宮球場で胴上げがあった9月30日の夜、祝勝会会場のプールに参謀・山田久志コーチと飛び込んでずぶ濡れになった貴方の笑顔、最高でした。
それだけに・・・2001年秋はショックでした。
10月2日ナゴヤドーム最終戦で「私ほどドラゴンズファンに愛された男はいない」とファンに別れを告げた貴方は、その直後に阪神タイガースの監督に就任しました。
ドラゴンズ監督辞任が健康面での理由と言われていただけに、信じられない気持ちでした。ショックでした。
辞任直後のタイガース監督就任については、様々な事情や理由も聞きました。しかし、ドラゴンズファンとして納得しきれませんでした。
これほど愛して好きだった「星野投手」「星野監督」とは訣別するしかないと思いました。
2年後の2003年、縦縞のユニホームを着た貴方の胴上げ。せめて1年だけでも間を空けてくれていたら、せめて行き先がパ・リーグのチームだったら、と口惜しい思いでした。
気持ちの整理をするには長い歳月が必要でした。2013年に東北楽天イーグルスを日本一にして震災の傷癒えぬ被災地を元気づけた姿には心からの敬意を表しました。拍手を贈りました。あの讀賣ジャイアンツを倒しての日本一、貴方にとっても最高の舞台だったことでしょう。それでも・・・。
そんな複雑な揺らぎも今回の訃報に接しすべて忘れます。今はただ「星野投手」「星野監督」が再びドラゴンズファンの元に帰って来てくれた思いです。
星野仙一さん。
貴方が逝った2018年正月、最も似合ったドラゴンズのエースナンバー「20」は誰も背負っていない空き番号です。どうかそのユニホームに身を包んで、ドラゴンズブルーの空に昇って行って下さい。
そして"燃える男"の後継者にふさわしい投手がドラゴンズに現れたと思ったら、背番号「20」を再びナゴヤドームにお返し下さい。
竜の夢をありがとうございました。
【東西南北論説風(24) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】
【画像】
※足成
日馬富士問題から考える「叱る」の本質
北辻利寿
画像:足成
最近一度ならず何度も遭遇している場面がある。
街や地下鉄車内などで、自分の進む前に子供が立ちはだかる。すると横にいる親が子供の手を引き注意する「危ないでしょう」「ケガをするでしょう」。
その度に思う、本来は「お邪魔でしょう」が正解では?
この違いは、主体か客体かと言う立ち位置に関わってくる。
子供を思いやる気持ちは理解できるが、家庭内ならともかく、多くの人が行き交う社会に出れば、やはり周囲への気配りは大切である。客体であるべきだと考える。
当の子供たちは、親からの注意をどのように受け止めているだろうか?
元横綱・日馬富士の暴力事件で、日本相撲協会の危機管理委員会がまとめた調査報告書を読み、「叱る」ことのむずかしさを痛感した。
報告書は今回の事件について、時間経過を追いながら、関係者の証言によって明らかになった事実をまとめている。そして、当事者の言い分が違っている部分についてもそのまま両論を記述している。
報告書全体から浮かび上がってくるのは、「叱る」という行為が、それぞれの受け止め方によって、その姿がまったく変わっていることだ。
日馬富士が横綱の引退会見で語った「弟弟子が礼儀や礼節がなっていない時、正し、直し、教えてあげるのが先輩の義務」という言葉によって、今回の問題は「日馬富士による貴ノ岩への行き過ぎた指導」と捉えられてきた時期もあった。
しかし、報告書によると、もともとは白鵬が「日頃の言動について説教を始めた」とある。当初それをいさめていたのが日馬富士だったのだが、ある時点で日馬富士が「叱る」側にまわった。ここでも「説教」という言葉が使われている。
同席した関係者が暴行を止めなかったことについても「指導のために行なわれているとの思いがあった」「日馬富士も叱りながら暴行に及んでいた」と書かれている一方で、暴行を受けた側の貴ノ岩が翌日に日馬富士に謝罪をした下りでは「謝罪は本人が納得した上でのものではなかった」と明記されている。
「叱る」という言葉の意味をあらためて確認した。
『広辞苑』(岩波書店)によると「(目下の者に対して)声をあらだてて欠点をとがめる/とがめ戒める」とある。
『大辞林』(三省堂)によると「(目下の者に対して)相手のよくない言動をとがめて、強い態度で責める」とある。
その根底には"相手のため""相手に気づかせる"という思いがある。その思いが成就するためには、叱られた側がそれをきちんと受け止めることが必要だ。
調査報告書から浮かび上がるのは、「叱る」行為に対する当事者間の明らかなズレだった。
調査報告書で新たに知った事実がある。
被害者である貴ノ岩が、今回の事件の1か月前に同じモンゴル出身の力士を叱っていたことがそもそもの発端だと報告書には書かれている。
9月場所中に東京のカラオケバーで、場所を休場中だったモンゴル出身力士が飲酒している場面に遭遇し「厳しく叱責した」のだ。ここでは貴ノ岩が説教する側であった。
その時の態度や言葉遣いが乱暴だとして、同席した白鵬の友人が貴ノ岩に注意し、さらにそれを白鵬に報告したことから、鳥取での事件につながっていったとされている。
「叱る」行為が幾重にも重なる中に、時を経て「酒」そして「暴力」という許されない要素が加担していった。
もうひとつの要素として「怒る」は加わっていなかったのだろうか?
前述の2つの辞書で「怒る」を調べると、「腹を立てる」「気持ちを荒だてて騒ぐ」という意味に続き、いずれにも「叱る」と書かれている。
あくまでも辞書の解釈によるが、それほど2つの行為は紙一重ということなのだろう。
一連の事件において「叱る」だけでなく「怒る」も顔をのぞかせていたことは否定できない。
わが身を省みても「叱る」ことは本当にむずかしい。
わが子を、後輩を、そして部下を叱りながら、自分の中に「怒り」が姿を見せた経験は正直ある。そして反対に、叱られながら納得できなかった経験も・・・。
しかし、辞書の中、「怒る」の欄に「叱る」とは書かれていたが、逆に「叱る」の意味の欄に「怒る」という文字は存在していなかった。
今回の問題で、横綱審議委員会は、貴ノ岩の親方である貴乃花親方に対しても「言動は非難に値する」と叱り、白鵬についても暴行現場に居合わせたこと以外に相撲の取り口を例に挙げて「自覚をどう促すか」と白鵬本人と相撲協会を叱った。
叱られた側がこれをどう受け止めたのか・・・。それによって、各界を揺るがした今回の暴力事件からの次の歩み方が決まる。
年が明ければすぐに1月場所が待っている。
【東西南北論説風(23) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】