フェイクニュースの考察 ~マス倫懇の会場より~

北辻利寿

2017年10月 5日

英BBCニュースが、ある人物の死去を報道した。

去年の米大統領選でフェイクニュース(偽のニュース)を拡散させたとして名が知られたポール・ホーナー氏である。

記事によると、ホーナー氏は9月18日にアメリカ合衆国アリゾナ州の自宅ベッドで死亡しているのが見つかったと言う。

38歳の死だった。

「ローマ法王がトランプ氏の支持を公式に表明」などの虚報をフェイスブックやWEBサイトに掲載して、今回の米大統領選のひとつの風景ともなった。

 

この訃報が報じられた同じ日、長野県長野市ではマスコミ倫理懇談会の全国評議会が開催されていた。

マスコミ倫理懇談会、いわゆるマス倫懇は「マスコミ倫理の向上と言論・表現の自由の確保」を目的に1955年(昭和30年)に創設され、その4年後に現在の全国組織となった。

新聞・通信・放送・出版200を超す企業や団体が加盟、毎年秋に全国大会が開催され、その時代にマスコミが直面している様々なテーマや共通の課題を話し合う。

今年の大会には全国から300人余りが参加した。

 

「実名報道」「災害報道」「地方自治」などテーマ別に開かれた7つの分科会の内、「ネット時代に世論はどのように作られるのか」と題された分科会では、まさにそのフェイクニュースが取り上げられていた。

ホーナー氏が関わった米大統領選がきっかけとなって、フェイクニュースという言葉は一躍メジャーになった。

注目のテーマとあって、分科会の会場はフェイクでない熱気にあふれていた。

 

大学の研究者やネット炎上監視会社代表による講演に続き、新聞社のIT専門記者からフェイクニュースの歴史と現状について、わかりやすい講演があった。

最初に印象に残ったことは、かのジュリアス・シーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)が『ガリア戦記』の中で、「人は自ら望むものを喜んで信じる」と語っていたという話だった。情報の"受け手"の心理を見事につかんだ言葉であり、これが紀元前の軍人によるものであることが感慨深い。

講師は、フェイクニュースのひとつの起源としてこれを紹介したのだが、遠くローマ時代と比較しなくても、スマホとソーシャルメディアの普及によってこの10年だけでも"自ら望む"情報の入手経路は急速に進んだ。

 

分科会での記者の講演で、もうひとつ印象に残ったことは、フェイクニュースの登場によって、逆に既存のメディアの信頼度が増していると言う。

大統領選でフェイクニュースの文字通り"洗礼を受けた"アメリカでは、最新の調査でメディアの信頼度が72%に達し、新聞記者がニクソン大統領を追い詰めたウォーターゲート事件直後の1976年以降で最も高い数字なのだ。

偽のニュースが横行したことによって、従来のニュースの信頼度が増すというのも皮肉なことだが、冒頭にホーナー氏の死を報じたBBCが速報ではない「急がないニュース」にも力を入れ始めたということも、ある意味で評価される。

かつて同じ英国のタイムズ紙は原稿をすべて過去形で書いていた。「憶測」は書かない、「起こったことのみ」「事実のみ」を書くというスタンスである。

 

フェイクニュースが話題になる度に、ある映画を思い出す。

『カプリコン1』という米英合作映画で、1977年(昭和52年)に公開された。

人類初の有人火星探査宇宙船カプリコン1号が打ち上げられるのだが、実は3人の乗組員は船に乗っておらず、砂漠にある基地に作られたセットで、火星探査の芝居をするというショッキングな内容だ。

40年も前の映画なのだが、映像技術が格段に発展した現在でもあり得るフェイクニュースである。

 

イギリスのオックスフォード辞典は、去年の言葉として「post-truth(脱真実)」を選んだ。「世論を形成するには客観的な事実よりも個人の感情や信条に訴えた方が影響力を持つ時代」という背景であり、今回のマス倫懇の討議でも度々この言葉が口にされた。

 

かつてのタイムズ紙には叱られるかもしれない憶測だが、「フェイクニュース」という言葉は、おそらく今年の流行語大賞にもノミネートされるだろう。

会社の後輩の小学4年になる息子さんは、家族でトランプ遊びをする前に、かの大統領の口調を真似て「フェイクニュース!」と叫ぶとか。

あながち憶測とは言えないかもしれない。

だからこそ「truth(真実)」にこだわらなければならない時代だと自戒したい。

 

東西南論説風(12)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿