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中日OB・吉見一起が振り返る。高校1年目で球が速くなった理由

中日OB・吉見一起が振り返る。高校1年目で球が速くなった理由

第108回全国高等学校野球選手権大会が行なわれています。8月15日放送のCBCラジオ『若狭敬一のスポ音』では、元中日ドラゴンズ投手の吉見一起さんが、高校1年生の野球部時代を振り返りました。聞き手は若狭敬一アナウンサーです。

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やっていけるな

中学3年生の夏休み、大阪の強豪校、金光大阪高校から練習参加の打診があり、行ってみた吉見さん。どう感じたのかというと…。

吉見「はっきり言ったら、『やっていけるな、俺』って思いました」

若狭「中学時代は何やっても勝てない野球部。消防士になろうと思ってたのがちょっと変わったんですね」

消防士になろうと公立高校に行く気満々だった吉見さん、ここで父に相談。

「自分の好きなところに行きなさい。その代わり自分で決めたことは必ずやり通しなさい」と言われ、金光大阪へのスポーツ推薦を決めたそうです。

ちなみに最初に行こうとしていたのは大阪府立山田高校の普通科だったそうです。

入ってみると

吉見「同級生を見た時に、このピッチャーえぐいなとか、みんな体がでけえなと思った記憶があります」

実際に入ってみると、中3の夏休みの感覚とは違ったそうです。

当時の吉見さんは180センチ、70キロの細身。後に、社会人1年目に出会うことになる奥さんが写真を見て「マッチ棒やん。もやしやん」と言うぐらいの細さでした。

金光大阪の野球部には1学年30人ほどいて、高1の夏までは部員が90人ぐらいだったそうですが、先輩はもちろん同級生もみんな横幅もあったとか。

激遅

入学した頃に球速を測ったところ、123キロだったそうです。

若狭「名門校に行く高1のピッチャー、123キロ激遅ですよ」

吉見「今の野球だと中2レベルですよね」

練習試合は常に2試合するそうです。1試合目はエースの先輩。2試合目は、いつも吉見さんが投げさせてもらっていたとか。

吉見「『やたら投げれるやん、俺』と思ったんですよ。で、投げられない時は先輩とランニング」

いつの間にか速くなった

いつも付き合わされたのが先輩のランニング。先輩とのランニングを繰り返しているうちに、球速がどんどん速くなっていったそうです。

吉見「なんと高1の夏にメンバーに入っちゃったんですよ。10番か11番でした」

若狭「まあまあ良い番号じゃないですか。エースの次でしょ?」

他の2年生を差し置いて1年生がひとりメンバー入り。

吉見「だから遅いけれども(苦笑)抑えるテクニックはあったのかもしれない」

苦笑する吉見さんでした。

下半身強化に走り込みは大切と言いますが、その成果が出たのでしょうか?

理不尽だらけ

若狭「やっかみはなかったですか?」

吉見「ここでは言えないけどめちゃくちゃあったんです。一回野球辞めようと思いましたもん。本当に理不尽だらけだと思いました」

それでもそれを耐え抜いて野球選手になれたのでOK。今でも仲良くしている先輩もいるという吉見さん。

吉見「当時はそういう時代だった。今では笑い話ですよね」

メンバーには入ったものの、1年の夏の地方大会では投げていないそうです。
チームは初戦か2回戦で敗退。負けた相手は大阪府大東市の強豪、太成学院大高。まだどのスカウトにも知られていない吉見さんですが、この時の将来の夢は?

吉見「ファイヤーマンです。なんとなく消防士って感じでした」

この頃はまだ野球は片手間だったという吉見さん。本気で野球に目覚めるのはまだ先のことだそうです。 
(尾関)
 

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