芥川龍之介が書く『桃太郎』は主人公が極悪人すぎる
水曜日の「CBCラジオ #プラス!」では、書評家・大矢博子さんがおすすめの名作を紹介しています。9月25日の放送でピックアップしたのは芥川龍之介『桃太郎』(河出書房新社)。文豪が書く昔話のパロディには刺さるメッセージ性が込められています。大矢さんは原文を紹介しながら魅力を語りました。
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芥川龍之介は昔話のパロディを多く書いている作家ですが、その中でもファンが多いのが『桃太郎』です。
桃から生まれた桃太郎が犬猿雉を連れて鬼ヶ島に鬼退治に行く、という、物語は従来の作品と同じ。しかし、鬼退治に行く動機が変わっています。
大矢さんが原文を紹介します。
「桃から生れた桃太郎は鬼が島の征伐を思い立った。思い立った訳はなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗とか太刀とか陣羽織とか、出陣の支度に入用のものは云うなり次第に持たせることにした」
ちっとも正義のない桃太郎へと設定が大きく変わっています。
切ない犬
犬との出会いのシーンも印象的だと大矢さんは紹介しました。
「桃太郎は意気揚々と鬼が島征伐の途に上った。すると大きい野良犬が一匹、饑えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。」
大矢「ちょっと怖くないですか?」
犬がきび団子を一つ欲しがったところ、桃太郎はこう返します。
「一つはやられぬ。半分やろう。」
ここできび団子を一つか半分かの押し問答が始まりますが、結局犬が折れ、半分で鬼退治に同行することとなりました。
「こうなればあらゆる商売のように、所詮持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。」
ドキッとするような描写が入ってくるのが芥川の真骨頂です。
もはや極悪人の桃太郎
その後、仲が悪い犬猿雉をお供にし、なんだかんだで鬼ヶ島に到着。
大矢さんによると、最大の特徴は鬼が悪者ではないということです。
鬼は鬼ヶ島で平和に暮らしており、寧ろ「悪いことをすると人間の島に流すよ」という躾セリフがあるほど。
そこに突然桃太郎がやってきて、鬼は驚き逃げ惑います。
そんな鬼に対して桃太郎は「進め!進め!鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
虐殺の限りを尽くす桃太郎。犬猿雉による鬼虐殺の描写は嫌悪感を抱くほど。
桃太郎は鬼ヶ島の宝物全てと鬼の子供をよこせば助けてやるとし、鬼としては受け入れるしかありませんでした。
鬼がなぜ侵略をしたのか聞いたところで、桃太郎には正当な理由はありません。征伐に来たとしか返せませんでした。
そうして桃太郎は、宝物を持って故郷に帰りましたとさ。
…と、ここで終わりません。
ここから一方的に蹂躙された鬼たちが、復讐の準備を始めるのです。
『桃太郎』無料で読める
芥川の『桃太郎』が書かれたのは大正13年(1924年)。
関東大震災の翌年で、第一次世界大戦の戦後不況が起こった頃でした。
芥川は「戦争はなぜ起きるのだろう?」を昔話のパロディに託して書いたとされています。
芥川は他にも『さるかに合戦』の後日談を書いた作品も。
猿に復讐した蟹が猿を殺したとして殺人犯として逮捕され、裁判が始まり、死刑を宣告。蟹の家族は世間から批判を浴びます。
大矢「これも弱いものがさらに虐げられていく話で、結局強いもの弱いものに分断されて、弱いものがとことん迫害されていくんだという様子が書いてある。ドキッとするようなパロディになっています」
『桃太郎』は著作権も切れているので、無料でダウンロードできるサイトもあるそうです。
また、今年1月には芥川の『桃太郎』だけ独立させた絵本が発売されました。
大矢「絵も素晴らしいので、ぜひ読んでもらえたらと思います」
(ランチョンマット先輩)