東野圭吾、吉田修一、そして沢木耕太郎、2026年夏の読書はとにかく熱かった!
夏休みと言えば、学校の宿題のひとつに読書感想文があった。年齢を重ねて、もちろん宿題の義務はないが、素敵な読書をした時は、何か感想を書き残してみたくなる。2026年(令和8年)の夏、出会った3冊への思いである。
※これから読まれる方のために、いわゆる「ネタバレ」には細心の注意を払って書きました。それでも不安なようでしたら、お読みになるのはここまでになさって下さい。
吉田修一『タイム・アフター・タイム』
夏の初めに読むにふさわしい1冊だった。映画も大ヒットした『国宝』は、小説としても素晴らしい作品だったが、その吉田さんによる最新作。日本経済新聞の朝刊に連載された。『国宝』では、歌舞伎界に生きる2人の若者が主役だったが、この作品は「尾崎颯(おざきそう)」と「久遠愛(くおんあい)」という男女が主役である。社会人として同じ建築プロジェクトで偶然にも再会した2人に、20数年前に一緒に過ごした高校時代の夏がよみがえる。そんなド直球の恋愛小説である。
爽快な読後感の恋愛小説
主人公の2人はそれぞれの名前から「オッソー」と「久遠」という呼び名で登場する。物語は現代と過去を行き来する。そこには、傍にいて2人に関わる“証言者”たちが登場し、2人が歩んだ“かつての夏”の証言者となる。それぞれの視点と角度が温かく素晴らしい。読みながら、ある瞬間は自分が「オッソー」と「久遠」の横にいたり、ある瞬間は本人たちの気持ちになったり、とにかく胸が熱くなった。ひとりひとりの登場人物が、作者によって丁寧に、そして愛しい思いを込めて描かれている。これほど読後感が爽快で気持ちよかった小説も久しぶりだった。
東野圭吾『永遠の記憶』

突然の別れだった。東野圭吾さんが亡くなったのが2026年(令和8年)7月、ちょうど『タイム・アフター・タイム』を読み続けていた時だった。読了後に直ちに手に取ったのが『永遠の記憶』である。東野さんの106作目、そして最後の作品になった。物理学者である湯川学(ガリレオ)シリーズの1冊である。シリーズを彩ってきた女性刑事の内海薫が老人によって刺される衝撃的な事件、それによって掘り起こされていく過去。この作品でも、湯川の深い洞察力が十分に発揮される。発売されてしばらくして本は完売し、お盆前の一時期は、書店でもネット販売でも手に入らないベストセラー本となった。
ガリレオこそが“分身”
ほとんどの東野作品を読んできたファンのひとりとして、読み始める前に知らず知らずに姿勢を正していた。もう新作を読むことは“永遠にない”からである。1ページ1ページ、いや1行1行の文章が愛しい。読み進めていくことは、同時に東野圭吾という作家との別れの時間が進むのである。おそらく命を削って東野さんが書いたこの作品の主役は、人気シリーズの刑事である加賀恭一郎でもなく、『マスカレード』シリーズの新田浩介でもなく、映画が公開される『白鳥とコウモリ』の刑事である五代努でもなかった。大学で理系の工学部だった東野さんにとって、物理学者である湯川学こそ、自らの“分身”だったのだろうか。ミステリ-作品でもあり、詳細を多く語ることはできないが、これ以上の締めくくりはない。東野作品のファンにとっては当然のことながら“必読の書”である。
沢木耕太郎『途上の王国 一号線を北上せよ モロッコ天涯編』

東野圭吾さんの小説のほとんどを読んできたのと同じように、沢木耕太郎さんのノンフィクションなども、ほぼ読破してきた。今なお読み継がれる『深夜特急』は、1年間にも及ぶユーラシア大陸の旅の記録であり、インドのデリーからイギリスのロンドンまで「路線バスで旅をする」というコンセプトが、読む人の旅心を刺激する。“旅のバイブル”と呼ばれる所以(ゆえん)だろう。そんな『深夜特急』の旅を“引き継いだ”旅行記が、この『途上の王国』である。終着点のロンドンへ20年以上ぶりに再訪したことをきっかけに、アフリカ大陸のモロッコへの旅が始まる。
旅をする熱量の凝縮
「どこをどう歩くか。いわば、そのときの勘がその後の旅のすべてを決定する。」
読み始めた前半に、こんな言葉が登場した。思わず微笑んでしまった。このフレーズこそが沢木耕太郎さんなのだ。『深夜特急』からの歳月が流れ、沢木さんもそれなりに年齢を重ねながらも、本に綴られる旅の時間は、読む側を熱くする。出会い、楽しみ、道に迷い、食べて、歩いて、またバスに乗る、そして、大好きな海を見る。読み進むにつれて、旅が終わることが切なく、淋しい気持ちになってくる。
沢木さんは、現在も日本トランスオーシャン航空の機内誌『Coralway(コーラルウェイ)』に『空のみちゆき』というエッセイを連載している。70代も後半を迎えた沢木さんの旅への情熱と、文章の熱量は、まったく変わらない。
暑かった夏、そして、地震に豪雨と自然災害が多かった夏、そんな夏もようやく過ぎようとしている。秋の読書では、どんな本と出合うことができるのだろうか。
【東西南北論説風(714) by CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】
<引用>吉田修一『タイム・アフター・タイム』(幻冬舎・2026年)
東野圭吾『永遠の記憶』(文藝春秋・2026年)
沢木耕太郎『途上の王国 一号線を北上せよ モロッコ天涯編』
(スイッチ・パブリッシング・2026年)




