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「都をどり」京舞井上流と”京女”

「都をどり」京舞井上流と”京女”
「(右から)今回初舞台の舞妓の佳つ秀さん、芸妓の亜佐子さん」提供:CBCテレビ
「(右から)今回初舞台の舞妓の佳つ秀さん、芸妓の亜佐子さん」提供:CBCテレビ

京都の春を彩る「都をどり」(4月30日まで 祇園甲部歌舞練場)、その華やかなレビュー形式の”総踊り”で知られるが、そこから当代の5世 井上八千代を家元にいただく京舞(きょうまい)井上流を語ることは正しくないようにも思えるが、必ずしもそうではない。

「一番井上流らしい舞というのは、やはり一人で舞う舞でしょう。地唄の曲に乗せて舞手が一人で舞うという形ですね」(当代 井上八千代)

井上流は”踊り”ではなく”舞”という。

先代 井上八千代の高弟だった松本佐多はこう言っている。

「動かんやうにして舞ふ。… ぢつとしてゐて舞ふ。… (地方(よそ)の人は)動かう、動かうとしやはるさかい困ります。こっちは動かんよう、動かんようにするのどすさかい、まるでしやはることが、反対(あべこべ)どす。」(「佐多女聞書」)

「なんという矛盾だろうか。舞踊の面白さは動きにあるのだろう。それを『動かんようにして舞ふ』のだという。矛盾というより難題である」と演劇評論家の渡辺保は驚嘆を込めて記す。

また、4世 井上八千代は「他流とは異なる最も大きな特色となると、やはり”人形ぶり”ということになりましょう」と語る。”人形ぶり”とは、人間が文楽のような、人形の動作を真似て演じることである。もともと文楽の人形は、人間の動きにどこまで近づけるかというのが目標であろう。しかし、「人間に近づけるだけ近づいて、なおかつ生身の人間にはない人形独特の硬さによる動き方」(4世 井上八千代)、これも「矛盾であり、難題」である。

五世 井上八千代 提供:公益財団法人 片山家能楽・京舞保存財団

当代 井上八千代は「(都をどりは)総踊りですし、やはりピシッと揃って決まる、というのが特に大切です。そういうことも手伝っているんでしょうか、ご覧になった方から、『井上流の舞はしながのうて電気仕掛けみたいや』とよう言われるんです。例えば手の持って行き方でも、斜めに一直線というふうで、流れるような所作というよりも、かどかどできちんと止まるということを大事にする。総踊りのように大勢で舞う場合には特にそれを大切にします」と言う。

生家が祇園の老舗割烹である、作家の松井今朝子も「武術の模範演技のようにピタリと静止した姿を印象づけるのも井上流の際立った特徴の一つだが、これは恐らく文楽人形の所作の影響下に生まれたか」と言う。

夏目漱石は『虞美人草』のなかで「都をどり」について「其理想の極端は京人形だ。人形は器械丈に厭味がない」と書くが、この感想は京舞井上流の技法の本質を”はしなくも”とらえているのかもしれない。

このような技法を習得するために、井上流では、身体の重心の取り方は他の流派と違い、「膝を曲げて御居処(おいど:京都弁でお尻のこと)を下ろす」、これが井上流の基本の構えだという。それと、今や井上流だけの特殊な構え「踵(きびす)を上げる」、膝を曲げて後ろの足のかかとを必ず上げる。

この体勢で重心の均衡を保つのは大変難しく、しかも両膝を付けることも禁じられているから、膝と太ももの筋肉にかかる負担は大きいが、鍛え抜かれた舞い手は抜群の安定感を得る。「下をしっかり安定させて、上は高く自由でありたいという志向があるように思う」と当代 井上八千代は事もなげに言う。

四世 井上八千代が舞う「辰巳の四季」 提供:公益財団法人 片山家能楽・京舞保存財団

3世 井上八千代が明治5年(1872年)に「都をどり」を創始した際、祇園公認唯一の流派とされてから、井上流は長いあいだ狭く閉ざされた同地域内でのみ伝承されてきた。その結果、多くの弟子たちに習得させるため技法が”普遍化”した他の大きな舞踊の流派と異なり”原形”をよく保って、芸舞妓、素人の門弟およそ150名の小さな流派(最大流派である花柳流は約2万名)である井上流は、文化勲章受章者となった4世 井上八千代、重要無形文化財保持者(人間国宝)となっている当代 井上八千代をはじめ、二人の高弟たちからも舞踊界屈指の存在を輩出している。

このことを松井今朝子は「裾野広き山かならずしも丈高き山とはならず、往々にしてまったく逆の現象の起こり得るのが伝統芸能の畏(おそ)ろしいところであろう」と喝破する。

松井は言う。「舞い手の美しい着物の裾には、先に述べたような並ならぬ試練を経た力強い足腰が隠されているのである」「京舞井上流は、外柔らにして芯に勁(つよ)きものを秘めた『京女』そのものの芸といえるであろう」

「都をどり」の舞い手である芸舞妓たち”京女”が、華やかな「ヨーイヤサァ」の掛け声とともに両花道から出る足の運びひとつにも、井上流の「並ならぬ試練」をうかがうことができるのである。

参考文献:
 「祇園甲部と都をどり~あゆみと未来~」学校法人八坂女紅場学園
 「京舞」京都新聞編集局編 淡交新社
 「井上八千代芸話」4世 井上八千代 河原書店
 「京舞つれづれ」5世 井上八千代著 岩波書店
 「井上八千代-心のうた」渡辺保 パンフレット「特別公演 京舞」中部日本放送より
 「京舞井上流の技法」松井今朝子 パンフレット「特別公演 京舞」中部日本放送より

【by CBCテレビ解説委員・北島徹也】

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