救えなかった命~涙と怒りの中で平成最後の6月が過ぎる
「夫は、私にとって、世界一優しい夫でした。二人とも旅行が好きでしたので、私が行きたいところを考えて、夫が旅行プランを作って、いろいろなところに出かけました」
2018年6月9日夜、東海道新幹線の車内で刃物を持った男に3人が殺傷された事件で、乗客の女性を守ろうとした38歳の会社員男性が刺されて亡くなった。葬儀を終えた妻が公表したコメントである。夫が積極的に家事を手伝い、食事を作ってくれることに感謝した後、言葉は続く
「たくさんの優しさと愛をありがとう、安らかに眠ってくださいと伝えたいです」
報道記者という長年の仕事でこれまでも沢山の人たちの涙に立ち会ってきた。しかし、この6月はわずか1か月の間にかつてなかったほど沢山の数の悲しいニュースに接したように思う。幾度も涙した。そして「許せない」と幾度も思った。新幹線車内で凶行に出た22歳の男は逮捕直後に「誰でもよかった」と話していた。身勝手な動機である。唯一無二の存在だった夫を奪われた妻の気持ち、時間が経っても怒りがこみ上げてくる。
誰かが犠牲にならなければ 安全を守ることはできないのか
新潟市では、7歳の小学生女児の遺体が線路に遺棄される事件があった。6月に入って容疑者の男は殺人容疑で再逮捕された。殺害した後に遺体を電車に轢かせるという残忍な犯行だった。
静岡県藤枝市では、山中で29歳の女性看護師の遺体が見つかった。容疑者2人が逮捕された後、指名手配されていた3人目の男が自殺して発見された。彼らの接点はインターネットと見られている。かつて名古屋市内で起きた闇サイト殺人事件を彷彿させる乱暴な犯行である。
富山市では21歳の元自衛官が交番を襲い拳銃を奪った。交番の警官と近くの小学校にいた警備員の2人を殺害、身柄を確保された場所は大勢の児童が通う学校の校内だった。校舎からは発砲された銃弾も見つかった。震撼した。
大阪府北部を震源とした震度6弱の地震では、高槻市でブロック塀が崩れて通学途中の小学4年生の女児が犠牲になった。直後に市の教育委員会は、倒壊したブロック塀が建築基準法に違反した高さだったと発表して謝罪した。
防災の専門家が以前、その危険性を指摘したという。しかしその時点で行政は動かなかった。女の子の死を受けて全国ではブロック塀の徹底点検が行なわれている。名古屋市も市立の学校におけるすべてのブロック塀やコンクリート塀を撤去することを決めるなど、安全確保の動きは急加速している。
しかし、なぜ尊い命が犠牲にならなければ何も動かなかったのか。誰かが犠牲にならなければ、安全を守ることはできないのか。ブロック塀の他に私たちの身の周りの危険はないのか。いや必ずあるはずだ。悲劇が起きる前にそれを見つけなければならない。同時に私たち報道を生業とする人間も、危険を検証するなどできることがあるはずだと自戒する。
数々の不条理を決して忘れてはならない…
もうひとつ、6月の悲しい事件にふれなければならない。
東京都目黒区で5歳女児を虐待して死亡させたとして父親と母親が逮捕された。その5歳の女の子が自らノートに書いた文章を何度でも読み返す。文字は平仮名、きっと覚えたばかりの字なのだろう。
「もうパパとママにいわれなくても しっかりと じぶんから きょうよりかもっともっ と あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
「あしたのあさは きょうみたいにやるんじゃなくて もうあしたはぜったいやるんだぞ とおもって いっしょうけんめいやってパパとママにみせるぞというきもちでやるぞ」
ロシアではサッカーワールドカップの熱戦が連日続く。日本代表チームが2大会ぶりに決勝トーナメントに進む大健闘もあって国内の熱狂も文字通り「半端ない」。
しかし、新幹線の安全神話がハード面の問題でないところで揺らぎ、治安の拠点である交番が襲われ、そして親がわが子を虐待する悲劇は後を絶たない。
私たちの国は、妻にあんなに悲しい夫への別れの言葉を語らせる国なのである。5歳の女の子にあんなに悲しい親への詫び状を書かせる国なのである。
数々の不条理を決して忘れてはならない平成最後の6月である。