密告?チクリ?内部通報制度は日本でどこまで熟成できるのか?
体操女子のパワーハラスメント問題をめぐり、スポーツ庁の鈴木大地長官が、日本スポーツ振興センターの通報窓口を充実させる意向を示した。すでにセンターでは法令違反行為を対象に公益通報についての相談を受け付けているが、この内部通報制度についてあらためて考えてみたい。
通報者を守るルール
日本における内部通報制度は、2006年4月に施行された公益通報者保護法に基づき整備が進んだ。企業、役所、そして団体などの組織内での法令違反や不祥事を「内部の窓口」に通報することで、通報者が不利益をこうむることのないようにするのが法の目的である。例えば通報したことに対する解雇、給与カット、不当な配置転換などは許されない。制度を導入した組織もそれぞれに通報者を守るルールを決めている。
あなたは通報できますか?
しかし、外部に不正を訴える内部告発と同じように、組織内部に訴えることもなかなかハードルが高いことも事実である。場合によっては毎日顔を合わせている同僚の問題点を本人に内緒で会社に報告するのだから。
かつてある上場企業が内部通報制度の導入を検討した際、経営トップに近い役員から「そんなチクリを推奨する制度はウチの会社に必要なし」と一刀両断にされたという話を聞いたことがある。それでも、いきなり内部告発によって不祥事が外部に知られるよりは、まずは内部で是正対策が講じることができるとあって、この内部通報制度を組織に採り入れる動きは加速した。
直属の上司に上げる本来の報告ルートとは別に「非常階段」的な役割を果たすことも内部統制上では評価されている。
新たなステージへ
そんな中、消費者庁は2018年秋に内部通報制度の「認証制度」導入へと進んだ。それぞれの組織が整備した内部通報制度に、いわゆる“お墨付き”を与えようというものだ。発表資料によるとこの認証は2通りある。事業者が自らの内部通報制度を自己評価して登録する「自己適合宣言制度」と、第三者機関が事業者の内部通報制度を審査して認証する「第三者認証制度」である。指定登録機関の公募も行なわれた。
消費者庁では「内部通報制度の質の向上が図られ、事業者のコンプライアンス経営の推進、企業価値の向上、消費者の安全・安心の確保および社会経済の健全な発展に資することに期待したい」としているが、日本におけるこの制度も12年の歳月が経ち、1ランク上をめざすステージに立ったということだろう。
司法取引も始まった!
時を同じく2018年6月に「司法取引」という制度も始まった。導入4か月が経とうとしている。
これは他人の犯罪を明かしてもらう見返りに、その協力者の罪を軽減しようというもので刑事訴訟法の改正という形でスタートした。贈収賄や詐欺などの経済犯罪などが主な対象とされる。無実の人を巻き込む冤罪の可能性や、減刑などの確約がないと話をしないという取引状態になる心配なども存在している。
ある意味で「ドライな取引」と言えるこの制度が日本という風土に定着できるかは、今後、実績がどこまで積み上がるかにかかっている。「チクリ」という言葉で「密告」を嫌悪するように、日本にはその種の潔さを美学とする空気がある。
メーカー不正に揺れる日本
この1年、日本経済をけん引してきた大手メーカーなどでは次々に不正が発覚した。検査データの改ざんや無資格検査など、次々と問題が明らかになり戦後の日本社会が積み上げてきた「メイド・イン・ジャパン」の看板、そして経営倫理と誇りまでもが問い直される事態が今なお後を絶たない。その中には内部告発によって明らかになったケースもある。一度なくした信頼を回復する道は険しい。美しい言葉で表すならば、内部通報制度や司法取引などに頼らず、組織が自分の足で正しい道を歩むべきなのだが、今の日本社会はすでにそれも成り立たなくなっているのが哀しい現実なのだろう。