運命の糸なのか?40年前のドラマで偲ぶ田中邦衛さんと橋田壽賀子さん
世界も日本もニュースが多かった年だった。今からちょうど40年前の1981年(昭和56年)である。
米国ではロナルド・レーガン氏が第40代大統領に就任、英国ではチャールズ皇太子とダイアナ妃が“世紀の結婚”、「中国残留孤児」の来日に日本中が涙、神戸ではポートピア開催、黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』が大ベストセラー、マッチこと近藤真彦さん華麗なるデビュー。そんな年に今も印象に残る2つのドラマが放送された。『北の国から』そして『おんな太閤記』である。
田中邦衛さんと『北の国から』
さだまさしさんの澄んだ歌声が流れると、思わず北海道・富良野の風景が目に浮かぶ。フジテレビのドラマ『北の国から』。父親・黒板五郎役を演じた俳優・田中邦衛さんの訃報が届いた。享年88歳。
映画では加山雄三さん主演の『若大将シリーズ』ライバル青大将役で人気だったが、ドラマは何と言っても『北の国から』である。倉本聰さんの脚本、純と蛍、2人の幼い子どもを連れて富良野に移り住み、大自然の中で暮らしを始める。
不器用で頑固、しかし強い芯の通った父親。あふれんばかりの愛情は、子どもたちはもちろん、富良野で暮らす人たちにも注がれる。1981年の連続ドラマ終了後も2002年まで8本のスペシャルドラマが制作された。日本ドラマ史に残る名作だ。
感涙必至!父と子の名シーン
数々の名場面が浮かぶ。特に好きなのは『北の国から‘87初恋』のラストシーンである。東京へ旅立つ息子の純を乗せた長距離トラックの運転手が、純に封筒を渡し返す。田中邦衛さん演じる父親の五郎が、“交通費”として委ねたものだ。不思議がる純に運転手が言う。
「ピン札に泥がついている。お前のおやじの手についてた泥だろう。受け取れん。お前の宝にしろ。一生とっとけ」
車中に田中邦衛さんの姿はもちろんない。しかし、田中さん演じる父親像が大きく膨らんで胸を打つ。見る側も思わず泣いてしまう。そんな温かい存在感ある役者だった。
橋田壽賀子さんと『おんな太閤記』
『おんな太閤記』は、NHK大河ドラマ史上でも歴史的な作品である。大河ドラマ19作目にして、女性が初めて単独の主人公になった。豊臣秀吉の妻「ねね」のちの「北政所」を佐久間良子さんが演じた。その脚本を担当した橋田壽賀子さんの訃報が届いた。享年95歳。夫役の「秀吉」は西田敏行、妻のねねを呼ぶ「おかか!」というセリフは当時の流行語になった。戦国時代を“家族の視点”から描いたホームドラマだった。
秀吉の姉役に長山藍子さん、妹役に泉ピン子さん、母親役に赤木春恵さん、家臣として前田吟さん、後の人気ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』ファミリーが登場していた。橋田さんの根底には一貫して「家族愛」、そして自らの戦争体験から「反戦への思い」があった。戦国時代劇につきものの合戦シーンは少なかった。
家族で描く“異例の”忠臣蔵
その2年前、1979年の橋田さん作品に『女たちの忠臣蔵』がある。TBS東芝日曜劇場1200回記念のスペシャルドラマ。おなじみ、元禄時代の赤穂浪士による吉良討ち入りをテーマにしたドラマだが、そもそものきっかけとなる江戸城・松の廊下での刃傷沙汰、浅野内匠頭も敵役の吉良上野介も登場しないという“異例の忠臣蔵”だった。討ち入りに向かう大石内蔵助や浪士たちを、それを送り出す家族の視点で温かく描いた。「家族愛」と「反戦」を貫いた橋田さんの思いは、その後の『おんな太閤記』で大きく花開いた。
向田邦子さん40年前の別れ
歴史は時に運命の偶然をもたらす。『北の国から』と『おんな太閤記』2つのドラマが誕生した1981年には、名脚本家だった向田邦子さんが、台湾での航空機事故で亡くなっている。『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』など数々の人気ホームドラマで知られる向田さん。直木賞を受賞した翌年、51歳での早すぎる別れとなった。
日本のドラマの系譜は今も脈々と流れている。コロナ禍に揺れる2021年、NHK大河ドラマには『青天を衝け』という躍動感のある作品が、そしてホームドラマには長瀬智也さんと西田敏行さんが父子の愛を見事に演じた『俺の家の話』が登場した。テレビドラマはコロナ禍に負けす元気だ。
橋田さんと数々の作品を共にしたプロデューサー石井ふく子さんの談話によると、橋田さんは「コロナ禍を通した家族の姿を書きたい」と話していたという。人と人とがなかなか会いにくい日々が続く。テレワークなど在宅勤務が増えたことによって、家庭や家族と向き合うことが多い日々が続く。
橋田さんならどんなドラマを書いただろうか。田中邦衛さんならどんな父親を演じるだろうか。2人の旅立ちが胸に沁みる2021年の春が行く。
【東西南北論説風(222) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】