ウイスキーがお好きですか?~サッカーW杯の夏に思う~
サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会に出場する日本代表チームが直前合宿の地に選んだのはオーストリアのゼーフェルト(Seefeld)という町である。アルプスの山々に囲まれたインルブルック西郊外のリゾート地であり、過去2度インスブルックで開催された冬季五輪の会場にもなった。
遠い記憶がよみがえる。かつてこのゼーフェルトにあるホテルのバーで私はあるウイスキーに出会った。ロックで飲んだ。もう20年以上も前のことだが、芳醇な香りとノドを通る際の心地好い熱は今も鮮明な記憶である。このシングルモルトを勧めてくれたバーテンに銘柄を尋ねると彼は答えた・・・「マッカラン」と。
その後しばらくして、日本でも多くのバーカウンターでこの味と出会うことができるようになった。正式名は「ザ・マッカラン(THE MACALLAN)」、スコットランドのスペイサイドにある蒸留所で作られている。200年近い歴史を持ち「シングルモルトのロールスロイス」と呼ばれていることは日本で知った。
国内の販路を拡大したのがサントリーであり、同時に沢山の情報も公開されたからだ。先ごろそのサントリーが自ら製造してきた国産ウイスキー「響17年」と「白州12年」の販売休止を決めた。6月から順次、店頭から姿を消していく。理由は原酒の不足である。
ウイスキーは銘柄ごとにそれぞれ原酒があるのではなく、複数の原酒をブレンドして製造される。その原酒自体が少なくなってしまい、サントリーは2つの銘柄の販売をストップすることになった。原酒の熟成には数年から10年以上の長い歳月がかかるものがある。
1980年代から2000年にかけてウイスキーの消費が低迷したが、その時期の生産量のセーブがここへ来て「原酒不足」として影響することになった。それに拍車をかけたのが国産ウイスキーの急上昇した人気である。2つの背景がある。
1つ目には日本産ウイスキーの国際的な評価が高まったこと。海外のコンクールでも評価されるなど、今や「世界五大ウイスキー」は、スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、そして日本と言われる。「日本のウイスキーは美味しい」と世界で認められ、当然、輸出量も大幅に増えた。
2つ目には国内のハイボールブーム。かつて石川さゆりが歌った『ウイスキーが、お好きでしょ』という歌を2010年(平成22年)に竹内まりやがカバーした。この歌の作曲家である杉真理と学生時代にバンド仲間であった縁からと言われるが、竹内まりやバージョンの流れるCMに登場したのが小雪である。バーカウンターで小雪が作るハイボールの魅力は一気に拡散した。
このハイボールCMには、次に菅野美穂が登場し、現在は井川遥がカウンターに立ち相変わらずの人気を集めている。居酒屋でもバーでもハイボールを注文する客は急増した。
昭和のカラオケスナックでは「水割り」が定番だったが、今やその役割は「ハイボール」が担っている。
サントリーの商品CMの巧さは今日に始まったことではない。
ウイスキーにテーマをしぼっても、故・大原麗子を起用したCMでは、「少し愛して、なが~く愛して」という言葉が1980年代の流行語にもなった。雨の中を駆ける着物姿の大原麗子、家にたどり着いてからのキュートな表情を記憶している人も多いだろう。これはサントリーレッドのCMだった。
今年結成40周年を迎えたサザンオールスターズの名曲『My Foreplay Music』は1981年(昭和56年)にトリスウイスキーのCMに使われた。歌詞に出てくる「ナイトキャップ」の意味を初めて知ったのもこのCMだ。
昨今のウイスキー人気を後押ししたのはCMだけではない。
NHKの朝の連続テレビ小説『マッサン』では、ニッカウヰスキー創業者の故・竹鶴政孝氏がモデルとなった。2014年のことだ。中島みゆきの主題歌『麦の唄』もヒットした。その竹鶴氏にウイスキー作りを託したサントリー創業者である故・鳥井信治郎氏を主人公とした伊集院静さんの著作『琥珀の夢』も去年秋に上下巻が出版された。もともと日本経済新聞に連載されていた小説であり、ウイスキーの魅力を人物伝と共に毎朝伝え続けた。原酒からウイスキーを製造する過程ではないが、まさにこうした様々な要因のブレンドによってウイスキー人気が高まったと言える。
日本にウイスキーが伝えられたのは江戸末期の1853年、黒船と共に来航したペリー総督が持ち込んだと言われている。以来165年の歳月が流れ、国産ウイスキーの製造、流通、そして品薄という思いもかけないステージを迎えることとなった。
先駆者である鳥井氏そして竹鶴氏は微笑んでいるのだろうか?それとも原酒不足となった商売の見通しについて苦言を呈するのだろうか?
今仕込んでいる原酒が世に出る10年後20年後に、ハイボールを筆頭に現在のウイスキー人気が続いているのかは誰にも分からない。その不透明さこそが長い歳月を経て酒にミステリアスな味を加えるのかもしれない。
ゼーフェルトのあるオーストリアという国は、ドナウ渓谷をはじめワインの産地としても有名だが、地元ではワインを炭酸水で割って飲む「ゲシュプリッツ(Gespritzt)」という飲み方を好む人が多い。いわば“ワインのハイボール”である。初めて見た時は驚いたのだが、それもありなのだと思う。ウイスキーであれ、ワインであれ、お酒は楽しんで飲むことが一番である。
あなたはウイスキーがお好きですか?そしてどんな飲み方で楽しんでいますか?