沖縄アグー豚を守れ!海を渡ったウイルスの脅威と対策最前線
ショッキングなニュースが新年早々の沖縄を襲った。
2020年1月、沖縄本島中部うるま市にある養豚場で、豚へのCSF(豚コレラ)感染が確認された。海に囲まれた沖縄本島に一体どこからウイルスが運ばれたのか?農林水産省や沖縄県など関係者の必死の追跡と拡大防止対策が始まった。
拡大するCSF(豚コレラ)感染
月が替わって2月に入っても、うるま市に隣接する沖縄市の養豚場で感染した豚が見つかった。1857頭の殺処分が行われ、これで一連の感染によって犠牲になった豚の数は1万頭を超えた。沖縄県が「CSF防疫対策関係者会議」を設置して対策を進めている中でのさらなる感染拡大だけに関係者の衝撃は大きい。被害は一体どこまで広がるのか?
そんな中、沖縄固有の在来豚「アグー豚」の存在がクローズアップされている。
姿を消していったアグー豚
「アグー豚」のルーツは今から600年前にさかのぼる。沖縄県によると、14世紀琉球王朝の時代に交易のあった中国から持ち込まれたと言われている。日本では明治時代になって、ようやく魚以外の肉を食べ始めたのだが、沖縄では500年も早く「豚」を食べていたことになる。それが「アグー豚」だった。
ところがこの「アグー豚」は、成育に時間がかかる上、体が小さく肉が多く取れない。
そこで、明治に入って、効率化を求めて他の在来種との交配が進められ、どんどん雑種化していった。さらに、第二次大戦後、沖縄はアメリカの占領下となったが、大型で発育の早い西洋品種が大量に持ち込まれ、さらなる交配によって改良され、雑種化がますます進んだ。「アグー豚」はその姿を変えていった。
こうしてアグー豚は復活した
雑種化によって絶滅したと思われた「アグー豚」を再び見つけたのは、名護市にある名護博物館だった。1981年に「沖縄文化を保存したい」と沖縄全島を調査したところ、純血種の「アグー豚」が30頭見つかった。この内の18頭を持ち込んだのが、名護市にある「沖縄県立北部農林高等学校」。ここには「熱帯農林科」があり、「食の原点を探求する!」をスローガンに、豚や牛、マンゴーやサトウキビなどを飼育や栽培している。そんな高校生たちが、雑種化を取り除いていく「戻し交配」に取り組み、ほぼ10年後の1993年(平成5年)ついに「アグー豚」の復元に成功したのだった。
人気のアグーブランド豚
那覇市をはじめ沖縄県の料理店やレストランには「アグー豚」のメニューが目立つ。
そんなに貴重な「アグー豚」をどんどん食べてしまって大丈夫かと心配になるかもしれないが、実は、現在、一般に広く出回っているのは「アグー豚」そのものではなく「アグーブランド豚」なのである。「アグーブランド豚」は、「アグー豚」の雄と西洋豚の雌を交配させるなど、「アグー豚」の美味しさを生かしつつ、肉の量も多い豚を開発した新しいブランドである。
化学的な分析を紹介すると、グルタミン酸(旨味や酸味)は普通の豚のおよそ2倍、アラニン(甘味)はおよそ8倍。さらに脂肪の溶ける温度が38度と一般の肉豚より低いため、口に入れると脂がとろける。「アグー豚」のマース(塩)焼きなどは絶品である。
豚は沖縄にとっての「宝」
沖縄にとって豚は特別な食材である。その昔、豚は、お正月や特別な行事の時にしか食べないご馳走であり、貴重なタンパク源だった。昭和の初め頃まで、各家庭では豚を飼育して、こうしたお正月などに食べていた。家族同様に大切に育てていた豚だけに、肉はもちろん、内臓や血にいたるまで“恵み”として完璧に食べる。
このため様々な料理メニューが沖縄にはある。ラフテー(豚の角煮。三枚肉の煮込み)、テビチー(豚の足の煮込み)、ミミガー(豚の耳の酢の物)、中味汁(胃と腸を出し汁で煮るスープ)そしてスーチカー(豚バラ肉の塩漬け)の炙り焼きなど、「鳴き声以外はすべて食べる」と言われる所以である。
海を越えたウイルスの脅威
そんな沖縄で勃発した今回のCSF(豚コレラ)騒ぎ。岐阜県を中心に東海3県でも豚コレラが広く発生し、野生イノシシからの感染と見られていたが、イノシシが海を泳いで沖縄に渡るとは思えない。
農林水産省の調査チームによると、ウイルスが混入した非加熱の残さ(残飯)をエサとして与えたため感染した可能性が強いとのこと。見つかったウイルスは、岐阜県で見つかったイノシシのウイルスと類似していると言う。
今のところ、海外から侵入した可能性はないが、最も警戒しなければならないことは、「アフリカ豚コレラ(ASF)」が入ってくることである。中国や韓国で発生して、現在ワクチンなど予防法が見つかっていない。沖縄は「観光立県」で、2019年の観光客数は1016万人超と過去最高だった。アジアからの観光客も多い。養豚業者も「人の出入りが一番怖い」と語る。
徹底的な水際作戦を展開
沖縄県では2月中旬から、県内20万頭すべての豚を対象にワクチン接種を実施する。およそ2か月で終了予定である。同時に空港などにも防疫マットを設置した他、那覇空港には「検疫探知犬」も配置して、肉製品の持ち込みをチェックしている。特に「アグー豚」については、長い歳月を使って復活させただけに、CSFの影響を受けると、再び取り戻すまでに膨大な時間が必要になる。このため「アグー豚」の親豚を本島からさらに違う島に隔離する計画も検討されており、農林水産省も「移動費や施設整備について国が支援する」と表明した。感染拡大に歯止めがかかる日が待たれる。
沖縄にとっては、日々の生活でも、そして歴史的にみても大切な食材である「豚」。
「アグー豚」はもちろんだが、そんなすべての豚たちのためにも、徹底的な感染ルートの解明、そして今後の防疫対策のさらなる強化を望みたい。