張本勲さんとドラゴンズ~谷沢健一と首位打者を争い、落合博満の打撃を見抜いた
その日、私はナゴヤ球場の外野スタンドにいた。1976年(昭和51年)10月19日、ドラゴンズのスラッガー・谷沢健一選手は初の首位打者を決めた。タイトルを競っていたライバルが讀賣ジャイアンツの張本勲選手だった。(敬称略)
その訃報はトップニュース

張本勲さんが亡くなった。訃報が届いたのは2026年(令和8年)9月10日、享年86。日本プロ野球で積み上げた安打数は3085、今も歴代最多であり、球界を代表するバッターのひとりである。トップニュースで報じたテレビ局もあり、新聞もスポーツ紙だけでなく一般紙も1面で訃報を伝えた。かつて“大沢親分”こと大沢啓二さんと“ご意見番”としてレギュラー出演していた『サンデーモーニング』では、各プレーに対する「喝」「あっぱれ」という名セルフが飛び出して、人気コーナーとなった。その『サンデーモーニング』では、訃報を受けて、番組冒頭で張本さんを偲んだ。
竜にとって手強い打者

ドラゴンズファンからすると、何とも手強い“曲者”だった。与那嶺要監督の下、20年ぶりにリーグ優勝を果たし、その年にジャイアンツでは長嶋茂雄選手が現役を引退した。王貞治選手との「ON砲」にはドラゴンズも度々痛い目に合わされてきたので、これで対戦も有利に進むかと思っていた2年後、張本勲選手が移籍してきたのだ。新たに結成された「OH砲」は、無類の勝負強さを発揮した。その移籍最初のシーズンが1976年であり、リーグ最多の182安打を打った張本選手と、ドラゴンズ谷沢選手が首位打者のタイトル争いを繰り広げた。
谷沢の逆転首位打者

ペナントレース最終戦はナゴヤ球場でのダブルヘッダーだった。すでに張本選手はシーズンを終えていて、谷沢選手が打率で逆転するためには「4打数3安打」が必要だった。デーゲームだったので、高校生だった私は授業が終わると早々に球場に駆けつけた。第1試合が終わったところだった。外野席にいるファンの人たちが興奮している。谷沢選手が見事3安打を打ち、逆転で首位打者を決めたのだった。打率は3割5分4厘8毛4糸、張本選手は3割5分4厘7毛8糸、わずか「6糸」という信じられない僅差でのタイトル獲得だった。
第2試合は、谷沢選手は出場せずにベンチに座っていた。そのゲームはドラゴンズがジャイアンツに大量リードされて惨敗し、外野席の応援団からは「オープンカーに谷沢を乗せて、グラウンドを1周しろ!」とヤジが飛んだ。シーズンの優勝はジャイアンツで、ドラゴンズは4位だったけれど、竜党にとっては最高の秋の日となった。
三冠王・落合の打撃を分析

張本さんに取材でインタビューしたことがある。JNN『報道特集』という番組で、ロッテオリオンズからトレードでドラゴンズに移籍してきた落合博満選手を2度にわたって特集した時のことだった。1987年(昭和62年)だった。パ・リーグで3度の三冠王を獲得した落合選手だったが、初のセ・リーグで打撃に翳りが見られた時があった。後楽園球場(現・東京ドーム)の放送席で、47歳の野球評論家だった張本さんに、落合選手の打撃について尋ねたのだった。
「落合本人も気づいていないけれど」
その答は、端的で明解だった。バッティングフォームが少し崩れていて、本来の落合打法は下半身が先に出て右肩は球審側に残るのだが、それが一緒に出てしまっているため、近めのボールに詰まってしまうとの指摘だった。さらに、「これは落合本人も気づいていないと思うけれど」と指摘したのが、バッターボックスでの立ち位置だった。パ・リーグ時代は、もっとホームベース寄りに立っていたので、アウトコースの球も“真ん中として”捉えることができていたと続けた。この2つの指摘は、落合博満という打者をしっかり見つめているからこその分析だった。
監督に落合起用を進言
名打者だからこそ、名打者のことが分かる。張本さんの訃報を伝えた『サンデーモーニング』にスタジオ出演した落合さんが番組で明かしたが、ロッテオリオンズ時代にまだ2軍にいた落合選手の打撃に目をつけて、当時の山内一弘監督に「オチを1軍で使った方がいい」と進言したのは張本選手だったそうだ。「あの人がいなければ“落合博満”は存在していない」と落合さんは、故人となった張本さんを偲んだ。その眼差しは、どこか遠くを優しく見つめているようだった。
そんな落合さんは、同期であるジャイアンツOBの中畑清さんと、かつて張本さんが人気を博した同じスポーツコーナーで「喝」「あっぱれ」とプロ野球を語っている。卓越した打撃技術でも、また軽快な話術でも、プロ野球の魅力を発信してきた張本さんの熱い思いは、こうして後輩たちに紡がれている。ご冥福をお祈りいたします。
【CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】
※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲 愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)ほか。











