長嶋茂雄さんとドラゴンズ、ファンとして忘れられない数多くの“因縁”

ひとりのプロ野球選手に、各スポーツ紙がこれほど多くの紙面を使ったことは前代未聞だろう。“ミスタープロ野球”と呼ばれた長嶋茂雄さんの訃報から一夜明けて、中日ドラゴンズのファンのひとりとしても、数々の思い出と共に哀悼の意を捧げたい。
必ず打たれてしまった
憎らしいほどのバッターだった。讀賣ジャイアンツの背番号「3」長嶋茂雄選手は、ドラゴンズとの対戦で“打ってほしくない”場面で必ず“打った”。リードしたまま最終回を迎えても、長嶋選手に打席が回るとなると、まったく安心できなかった。何年何月何日なのかは記録していないが、2点リードの9回表、マウンドの稲葉光雄投手が3番の王貞治選手と4番の長嶋選手の連打で逆転された、そんな苦い思い出がある。「勝った」と思った試合を幾度ひっくり返されたことか。ONを擁したジャイアンツ黄金時代の強さだった。
歓喜の優勝直後に引退発表
そんな巨人の10連覇を阻止したのがドラゴンズだった。1974年(昭和49年)10月12日土曜日、中日スタヂアム(現・ナゴヤ球場)では与那嶺要監督が宙に舞い、名古屋の街は20年ぶりのリーグ優勝に沸き立った。しかし、その夜に、ジャイアンツは長嶋選手の現役引退を発表する。国民的英雄の引退ニュースによって、ドラゴンズの優勝は目立たなくなり、当夜のスポーツニュースもトップは「長嶋引退」、翌朝のスポーツ紙も中日スポーツ以外は、全紙が第1面は「長嶋引退」だった。主役の座を奪われた。「何もあのタイミングで引退を発表しなくても」と、ドラゴンズ球団幹部の“恨み節”を、その後何度も聞かされた。
引退試合に竜の主力は不在
“恨み節”は、その2日後に違った形でドラゴンズにも寄せられた。後楽園球場では、長嶋選手の引退試合がデーゲームで行われた。その相手はドラゴンズ。しかし、中日の主力選手は球場に行かなかった。同じ時刻に名古屋市内で優勝パレードが行われ、高木守道選手(※「高」は「はしごだか」)や星野仙一投手らはオープンカーの上にいたのだ。長嶋選手に花束を渡したのは、大島康徳選手だった。「長嶋の引退試合に、ドラゴンズは何という失礼なことをするのだ」と巨人ファンの友人から文句を言われたことを覚えている。翌日には日本シリーズが開幕する。長嶋選手の引退発表も、そしてドラゴンズの優勝パレードも、タイトなスケジュールの中でやむを得ないタイミングだったのだろう。
主砲・落合が巨人へ移籍

ドラゴンズから「4番打者」を持っていってしまったのも長嶋さんだった。1994年(平成6年)、FAを宣言した落合博満選手は、長嶋監督の熱烈なラブコールに応えて、巨人に入団した。三冠男・落合選手も長嶋茂雄という野球人を愛していた。主砲の移籍以上に、行った先が宿敵ジャイアンツとあって、竜党の心情は、まるで嵐のように吹き荒れた。その落合選手は、同年10月8日、同率で迎えたシーズン最終戦で、ドラゴンズの前に立ちはだかった。エースだった今中慎二投手から先制ホームランを打ち、勝利に貢献。長嶋監督は落合選手らの手によって、ナゴヤ球場で宙に舞った。
ナゴヤ球場のラスト胴上げ

再び長嶋監督がナゴヤ球場で胴上げされたのは、わずか2年後の1996年(平成8年)だった。この年は最大11.5ゲームの差をつけられながらも、ジャイアンツは猛烈な追い上げを見せた。長嶋語録の「メークドラマ」が生まれた年である。巨人が優勝を決めた時のドラゴンズ監督は星野仙一さんだった。かつて現役時代には、長嶋と王という2人に闘志満々で立ち向かった投手。翌年にはナゴヤドーム(現・バンテリンドーム)に本拠地が移転するため、この試合がナゴヤ球場での最後の公式戦だった。そのラスト舞台で宙に舞ったのも長嶋さんだった。
大きなライバルだった
長年にわたる数々の因縁に思いを馳せながら、ふと気づいたことがある。長嶋茂雄という“個人”に対峙したのは、ドラゴンズという“チーム”全体だったように思う。束になってかかっていき、しかし、多くは“引き立て役”だった。それほど、長嶋選手は、そして長嶋監督は、大きな存在だった。2025年(令和7年)6月3日、89歳での訃報に接して、ひとりのドラゴンズファンとして、その歴史を見守ってきた歳月をしみじみと噛みしめる。
現在、セ・パ交流戦を戦う井上ドラゴンズの選手たちに、是非とも贈りたい言葉がある。
現役を引退した記者会見で、長嶋さんは自らの選手人生をふり返りこう語った。
「1球に、1本のバットに、運命と人生をかけてきた」
運命と人生をかけて、野球という素晴らしいスポーツと向き合っていってほしい。
【CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】
※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲 愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)ほか。CBCラジオ『ドラ魂キング』『#プラス!』出演中。