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プラスチック消しゴムは日本生まれ~「消す」仕事に賭けた100年企業の開発魂

プラスチック消しゴムは日本生まれ~「消す」仕事に賭けた100年企業の開発魂
北辻利寿のコレ、日本生まれです
東西南北論説風

プラスチック消しゴムは日本生まれ~「消す」仕事に賭けた100年企業の開発魂

 2021年7月6日(火) 13:50
北辻利寿
北辻利寿
「プラスチック消しゴム」提供:株式会社シード

オフィスで机の引き出しを開けると、必ず目に入ってくる文房具に「プラスチック消しゴム」がある。鉛筆とのコンビネーションに欠かせないプラスチック消しゴム、実は日本で発明された。

消しゴムは18世紀のイギリスで生まれた。科学者ジョセフ・プリーストリーさんが天然ゴムで鉛筆の文字を消すことができると発見、実はそれ以前は、文字などを消すためにパンを使っていたそうだ。世界で最初の消しゴムは、角砂糖のような形だったと伝えられている。その消しゴムは、ドーバー海峡を渡ってフランスに、そしてヨーロッパから世界へと広がっていった。日本にやって来たのは、明治時代の中期だった。当時は明治政府によって義務教育が推進されていて、文房具は必需品。消しゴムの需要も増えていったが、もともと日本は筆と墨で文字を書く“毛筆文化”だったため、消しゴムはすべて外国産だった。

「初期の工場」提供:株式会社シード

大阪で1915年(大正4年)に創業した「三木康作ゴム製造所」は、天然ゴムを加工してホースやチューブなどを生産していたが、製造する商品の中に消しゴムがあった。国内でも消しゴムを作るメーカーが増え始めていた中、三木康作ゴム製造所は、昭和に入って国産で初めての製図用消しゴムを作るなど、その技術に自信を深めていた。そして、今後は製造を消しゴム作り1本に絞ることを決める。1950年に社名を「シードゴム工業」として、消しゴム専門のメーカーとして新たな歩みを始めた。

しかし、材料の天然ゴムは輸入に頼るしかなかった。自然素材のため高価な上に、価格の相場は変動した。天然ゴムゆえに品質を安定させることにも苦労した。様々なトライアルをする中で、塩化ビニールの切れ端を使ってみたら、見事に文字が消えた。軟らかい塩化ビニール、それこそが“プラスチック”だった。品質改良を重ね、製法の特許も取り、1956年(昭和31年)、ついに世界初となる「プラスチック消しゴム」の生産をスタートした。その画期的な新製品は、練りから熟成まで時間がかかる天然ゴムに比べ製造期間も短く、経年劣化して硬くなることも、ゴムの臭いもしない。消しくずがあまり出ないことも特長だった。最初の商品名は「プラスチック字消し」。世界に先駆けて、日本で新たな文房具が誕生した瞬間だった。

「1968年発売の製品」提供:株式会社シード

プラスチック消しゴムは開発努力の“果実”だった。その中にはいろいろな成分があり、それぞれに役割を持っていた。塩化ビニール樹脂は鉛筆のカーボン(黒鉛)を吸い付ける、炭素カルシウムは消しくずをまとまりやすくする。商品を熱や紫外線から守る安定剤も取り入れた。そして1968年(昭和43年)にシードゴム工業“消しゴム道”の集大成ともいえる商品「レーダー(Radar)」が発売された。今もおなじみの青いケースに包まれたプラスチック消しゴム。その名前には「レーダー(探知機)のように、使う人のニーズをいち早くつかみたい」との願いがこもっている。「レーダー(Radar)」は97%という字消し率を誇り「プラスチック消しゴム」のトップランナーとなった。2002年には社名を「株式会社シード」に変更した。ペンなどの文字を消す「修正テープ」も実はシード社が発明した。

「最近の製品ライナップ」提供:株式会社シード

消しゴム作り一筋の道を選び、「消す」ことだけを追求した創業100年企業、そこには決して「消すことのできない」モノ作りへのプライドと研究の日々が、たしかに存在している。日本生まれ・・・「プラスチック消しゴムは文化である」。

【東西南北論説風(246)  by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

※CBCラジオ『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』内のコーナー「北辻利寿のコレ、日本生まれです」(毎週水曜日)で紹介したテーマをコラムとして紹介します。

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