イチローからファウルを打った男・CBC宮部和裕アナが見つめた栄光への軌跡
アメリカ野球殿堂は21日、今年の殿堂入りメンバーを発表し、大リーグのシアトル・マリナーズなどで通算3,089安打をマークしたイチローさんが、アジア人として初めて選ばれました。1月22日放送のCBCラジオ『ドラ魂キング』では、中学時代にイチローさんと対戦し、とある記録を残した宮部和裕アナウンサーが、当時の状況について興奮気味に語りました。
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日本人野手としてメジャーに初挑戦したイチローさんは、走攻守に数々の偉業を達成した実績が評価され、候補者1年目でアメリカ球界最高の栄誉を手にしました。
野手では初となる満票には1票届きませんでしたが、イチローさんは「1票足りないというのは、すごく良かったと思います。生きていく上で不完全だから進もうとできるわけで、そこに向き合えたのは良かったかなと思います」と語りました。
イチローさんは日米通算4,367本のヒットを記録。2019年に45歳で引退し、今年の日本の野球殿堂にも選ばれました。
また、マリナーズはイチローさんが現役時代に使っていた背番号「51」を永久欠番にすると発表しています。
“あの”エピソードを改めて
イチローさんの快挙に、番組にはリスナーから多くの投稿が寄せられました。中でも多かったのは、イチローさんと宮部についての投稿です。
「宮部さんのライバル!宮部さんもアナウンサーの殿堂入りを目指して頑張って!」(Aさん)
「若い頃から宮部さんと関わりのあるイチローさん、アメリカ野球殿堂入りが発表されました!」(Bさん)
「もう宮部さんいとっても自分のことのように嬉しいニュースではないでしょうか?」(Cさん)
「イチローからファウルを打った男。宮部さんから毎度毎度の自慢話が出るのでバレてるよ!」(Dさん)
キーワードが出ました。「イチローからファウルを打った男」。これは宮部が就職活動の自己アピールにも使った、とっておきのエピソードです。
安藤渚七も「もういいよ」というほど聞かされてきた話ですが、イチローさんの野球殿堂入りにちなんで、宮部が改めて披露します。
忘れられない一打
宮部「清須市の春日中学のグラウンド。一塁側のファウルグラウンドにテニスコートがありまして、僕の母ちゃんがそこでテニスやってました。40代ぐらいなのにミニスカート穿いてました」
何の話???
宮部「それは置いておきまして。当時、豊山中学校の鈴木一朗投手が、春日中学の春日村営グラウンドにやってまいりまして。ピッチャーイチロー、バッターキャプテン私、宮部。私だけが、ファウルを打った。つまり、バットに当たったのは私だけ、と」
安藤「すごい!皆さん今、宮部さんの目がキラッキラしてます!少年のような!」
イチローさんが投げたボールをバットに当てた。あの日の記憶を語るうちに、宮部の目は輝きを増していったようです。
図々しさの功名
イチローさんと同じ、51歳の宮部。クラス会を重ねるごとに「俺も打った!」という証言者が増えていっているそうです。
これには納得がいかない宮部。
宮部「『それは俺だけだぞ!』ってね。いつもほろ酔いで喧嘩になるっていうね」
安藤「でも『宮部が打ったんだから、俺も打ってたんじゃねぇか?』みたいな同級生が増えてると(笑)」
宮部がアナウンサーになる前の文化放送でのアルバイト時代から、当時オリックス・ブルーウェーブのイチロー選手に声をかけたことがきっかけで、シアトルに遊びに行かせてもらうまでの仲になりました。
宮部「もう、湖ごとイチロー家。『すごいなこれは!』っていう」
安藤「すごい!宮部さんのその図々しさが、結構繋がったっていう」
宮部「はっきり言うね!こんなめでたい日に」
図々しさが功を奏した瞬間だったのかもしれません。
99.7%から見えること
宮部は何度もシアトルまで応援に行き、試合後にはイチローさんと言葉を交わす特別な時間を過ごしたこともあったそうです。
宮部「シアトルの街に愛されてました。ただ、区別や差別とも全く違うニュアンスでいろんな評価のされ方はあったんですけど。ニューヨーク(・ヤンキース)でも、(マイアミ・)マーリンズでも活躍しました。プロとして、結果と彼だけの唯一無二の魅力。エリア51永久欠番になり、野球殿堂入り。全米に認められたというのは、価値が高いと感じました」
安藤「イチローマインドというか。イチローさんのあのスタイルが、イチローさんだからこそというか。あれでもうひとつになっているというか」
宮部「それを全員が応援しとるわけじゃないっていうのが、99.7%の得票率にも表れてる。だから本人の言ったことばは重いな、という気がしますね」
「ファウルが余計でございました」。そう付け加え、自嘲気味に締めくくった宮部でした。
(minto)