卓球女子の涙と笑顔に思う南北問題の行方
プロ野球のペナントレースの途中で、讀賣ジャイアンツと東京ヤクルトスワローズが「同じ東京に本拠地があるから」と合同チームを作る・・・?
スウェーデンで開催された世界卓球選手権の団体戦で、韓国と北朝鮮の南北合同チームができた時、そんなことを思ってしまった。
それは突然のことだった。
準々決勝で対戦するはずの韓国と北朝鮮がゲームを前にして合同チーム「コリア」を結成することが発表された。国際卓球連盟も「スポーツを越えた歴史的な意義」として全面的に支援し「各国の賛同も得られた」と話した。
本来ならば韓国と北朝鮮の勝者が準決勝で日本の相手になるところ、試合をせずに合同チーム「コリア」としての準決勝進出を認めたのだった。
純粋にスポーツ競技として考えた場合、そこには3つの問題がある。あらかじめ練っていた戦略の立て直しが必要になる。二国の中から選手を選抜するため出場できない選手がいる一方で当然チームの戦力は増す。そして準々決勝の試合をしないため体力を温存できる。日本女子卓球チームの前にいきなり大きな壁が立ちはだかった。
2018年4月27日、板門店での韓国・文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮・金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の歴史的な握手、そして手に手を取って軍事境界線を越えたことに世界中が驚いた。そして朝鮮半島の非核化に向けての期待も高まった。
今回の卓球合同チームは、国際競技への共同出場が盛り込まれた「板門店宣言」を受けてのものだろう。実は合同チームへの伏線はすでに2月の平昌五輪から敷かれていた。
開会式では南北朝鮮チームが統一旗を先頭に入場行進、そして聖火リレーでも両国選手が一緒にバトンを受けた。スタンドでは両国の首脳がそれを見守り、五輪を舞台に「ほほえみ外交」という言葉も登場した。
競技においても女子アイスホッケーで合同チーム「コリア」が実現した。今回の卓球合同チームはその流れに沿ったものである。
スポーツには試合中に度々“波”が訪れる。
「〇〇の神様が微笑む」「〇〇の神様がソッポを向く」などと例えられることもあるが、この“波”に乗るかどうかで勝敗は分かれる。
とりわけ卓球はこの“波”いわゆるゲームの“潮目”“流れ”が大きく影響するスポーツである。
中学、高校そして大学と10年間にわたって選手として学生卓球の最前線で戦った経験があるが、この“波”に時に助けられ時に泣かされた。7本連続でポイントを取ったこともあれば、3点差のマッチポイントから一気に逆転負けしたこともある。
そんなデリケートな競技の大会中に訪れた南北合同チームという大きな“波”。
「予想しないことがあるんだな」と主将の石川佳純は語った。
「びっくりしたが勝つことだけを考える」と平野美宇は語った。
「面白そう。早く試合がしたい」と伊藤美誠は語った。
合同チーム「コリア」との準決勝、結果は3-0で日本が勝った。象徴的だったのは2試合の石川佳純対キム・ソンイ(北朝鮮)の激戦だった。
ボールが卓球台の角に当たって予想しない角度で跳ねる「エッジボール」が1試合にあれほど数多くあることも珍しく、そのほとんどがキム選手の放ったボールだった。石川にとっては不運である。それでもフルセットのゲームの末、ジュースに持ち込んでからの3連続得点で勝利した。
試合後に「何度も心が折れそうになった」と語った石川の涙は、しばらく途切れることはなかった。決して自分のゲームだけに対する思いだけではなかったはずだ。大会中の予期せぬ合同チーム「コリア」登場こそが主将の彼女にとって「エッジボール」だった。
そんなに急いで、それも大会がすでに始まっている中で、超法規的措置によって南北合同チームを認める必要があったのか。
日本女子は続く決勝で王者・中国に敗れたが、準決勝における想定外の出来事なくして中国と戦わせてあげたかった。同時に合同チーム結成によって試合に出るチャンスを逸した選手にも思いを馳せた。
その一方で驚いたのは、伊藤美誠選手が帰国後の記者会見で、合同チームについて準決勝前と同じ言葉をくり返したことだ。「びっくりしたけど、面白そうじゃんって思った」と微笑んだ。強いなあ。
朝鮮半島における南北の握手は歓迎すべきことであり、悲しい歴史の数々を越えての平和は誰もが望むところである。まもなく今度は米朝首脳会談が予定されている。
友好への歩みは歓迎したい。しかし、その歩みは拙速ではなく着実にそして堅実にと願う。政治とスポーツが切り離せないことは否定しないが、スポーツには何よりも大切な「ルール」というものがある。選手にはルールという舞台での戦い、そしてそこでのストレートな涙だけを流してほしい。
それにしてもよく頑張ったね、日本卓球女子!