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<論説コラム>追悼・筒美京平さんに捧ぐ~この歌もあの歌もすべて貴方の楽曲でした~

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<論説コラム>追悼・筒美京平さんに捧ぐ~この歌もあの歌もすべて貴方の楽曲でした~ | CBC論説THEコラム | CBCテレビ


目の前にある楽曲リストを見ながら、そこから放たれる光に眩暈すら覚えてしまう。
この歌も知っている、あの歌も知っている、そうかこの歌も作曲したのか。あらためて、偉大な音楽家に思いを馳せる。
秋の気配が日本列島にようやく訪れた2020年10月初め、3000曲とも言われる“子どもたち”に見守られて旅立った作曲家、筒美京平さん。享年80歳。日本中が愛したメロディーの数はあまりに多い。心からの哀悼の思いをこめて、その軌跡を自分なりの思い出の曲でたどってみた。1曲でも2曲でも、素晴らしい筒美作品をそれぞれに思い出していただく機会になりますように。(敬称略)

■『スワンの涙』~GSブームの名曲たち

戦後復興の象徴として開催された大阪万博。その1970年に向かって人気の全盛期を迎えたのがGS、グループサウンズだった。作曲家デビューまもない筒美京平さんの曲作りはいきなり加速する。ヴィレッジ・シンガーズ『バラ色の雲』、ザ・ジャガーズ『マドモアゼル・ブルース』、オックス『ガール・フレンド』いずれも胸がときめく。
そのオックスが1968年に発表した『スワンの涙』は、ボーカル野口ヒデト(現・真木ひでと)の甘い声が、切ない筒美メロディーにぴったりと合った珠玉のバラードだ。サザンオールスターズの桑田佳祐さんも「ひとり紅白歌合戦」のソロステージでこの歌を披露した。

■『ひとり歩き』~70年代アイドル“生みの親”

1970年アイドルの曲はほとんどが筒美作品だった。
南沙織はデビュー曲『17才』が有名だが『色づく街』が耳に残る。麻丘めぐみ『私の彼は左きき』、浅田美代子『赤い風船』、岡崎友紀『ママはライバル』、そして岩崎宏美は『ロマンス』に続く『センチメンタル』『ファンタジー』が素晴らしい。“新御三家”と呼ばれた郷ひろみはデビュー曲『男の子女の子』以上に『裸のビーナス』『よろしく哀愁』が絶品。西城秀樹も『恋する季節』というデビュー曲が筒美作品だった。
そして残るひとり、野口五郎は初ヒット曲『青いリンゴ』をはじめ代表曲『甘い生活』など、最も長い期間、筒美メロディーを歌い続けた歌手のひとりである。
そんなアイドルたちの中で、桜田淳子が1975年の春に出した『ひとり歩き』。ちょうど卒業シーズンと重なって、テンポと抑揚のあるメロディーラインが“旅立ちの季節”を励ましてくれた。桜田淳子については、作詞家・松本隆さんと組んでの『リップスティック』も名曲であることも書き記したい。

■『飛んでイスタンブール』~昭和の歌曲ここにあり

初期の作品である『ブルー・ライト・ヨコハマ』は、この一曲でいしだあゆみという歌手を一躍スターダムにのし上げたが、このように筒美作品は多くの歌手の代表曲になった。グループサウンズのザ・スパイダースからソロになった堺正章『さらば恋人』、平山三紀『真夏の出来事』、筒美作品の代表的な歌い手とも言える太田裕美『木綿のハンカチーフ』、チェリッシュ『ふたりの急行列車』、そして日本レコード大賞を受賞した尾崎紀世彦『また逢う日まで』とジュディ・オング『魅せられて』など日本歌謡史に輝く名曲ばかりだ。
庄野真代が1978年に歌った『飛んでイスタンブール』は、韻を踏んだ歌詞につけられたエキゾチックなメロディーが、当時訪れたこともなかったトルコという国、そこにある都市を、まるで目の前に広がるように映し出してくれた。

■『Romanticが止まらない』~80年代はベストテン番組を占拠

TBSが1978年から20年余りにわたって放送した歌番組『ザ・ベストテン』は、まさに筒美作品のためにあった番組と言っても過言ではない。毎回のように複数の歌手たちが自分たちの筒美作品を生放送で披露した。
桑名正博『セクシャルバイオレットNo.1』、稲垣潤一『ドラマティック・レイン』、沖田浩之『E気持』、松本伊代『センチメンタル・ジャーニー』、早見優『夏色のナンシー』、斉藤由貴『卒業』、薬師丸ひろ子『あなたを・もっと・知りたくて』、中山美穂『BE-BOP-HIGHSCHOOL』、そして極めつきは小泉今日子『なんてったってアイドル』。
誰もが知っている名曲たちの中でも『ザ・ベストテン』で強い印象があるのが、1985年にC-C-Bがテレビドラマ『毎度おさわがせします』の主題歌として歌った『Romanticが止まらない』である。ドタバタ青春コメディーのラストで流れたこの歌は、ドラマ人気の大きな要因にもなった。一瞬で誰もが曲を言い当てるほどインパクトがあるイントロは見事だった。

■『BEST FRIEND』~ジャニーズ王国の作品たち

Jポップで一世を風靡した筒美京平さんで驚くのは、ジャニーズ系の楽曲を多く手がけていることだ。そのラインナップは「ジャニーズ事務所」という日本のアイドル界をリードしたブランドと共に輝いている。
デビュー曲『スニーカーぶるーす』はじめ、実に多くの筒美作品を歌った近藤真彦では『ギンギラギンにさりげなく』『ブルージーンズメモリー』『ためいきロカビリー』、個人的にはデビュー2曲目の『ヨコハマ・チーク』や『情熱☆熱風 せれなーで』も大好きだ。
田原俊彦『君に薔薇薔薇・・・という感じ』『抱きしめてTONIGHT』、少年隊の『仮面舞踏会』『バラードのように眠れ』もマイナーコードにして躍動感のある秀逸なメロディーだ。
SMAPにも曲を提供していたことを知って驚いた。リーダーだった中居正広が愛した歌で、番組『SMAP×SMAP』内でのメンバー5人旅の際に、感極まって涙しながら歌った『BEST FRIEND』。これが筒美作品だったとあらためて知ったのは、実は今回の訃報の後だった。筒美さん、この曲までも貴方でしたか。

書き続けるとキリがない。ここまでで49曲、こんなに次々と作品が浮かんでくるのは、作詞家ならば2007年に亡くなった阿久悠さん、そして作曲家ならば筒美京平さんであることは間違いない。それが歌の力、曲の力なのだろう。

そして50曲目。ジャニーズの一員、TOKIOが歌った『AMBITIOUS JAPAN』は、東海道新幹線でJR東海が運行する車両で流れる。旅の途中、新たな地に降り立つ躍動感を鼓舞させてくれる旋律である。新型コロナ禍がひと段落して、新幹線のぞみ車内でそのメロディーを耳にする機会が戻ったら、その度に思い出すことになるのだろう。半世紀にわたって日本中を元気づけてくれたひとりの素晴らしい作曲家のことを・・・。たとえ哀悼と感謝の涙を拭く木綿のハンカチは持っていなくても。

【東西南北論説風(188) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

画像:pixabay

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