フィギュアスケート・ペアのミラノ・コルティナオリンピック金メダリストである、三浦璃来さんと木原龍一さんの「りくりゅう」が引退を表明しました。4月18日放送のCBCラジオ『石塚元章ニュースマン!!』では、CBC論説室の石塚元章特別解説委員がこの話題について解説をします。園遊会にて引退表明の同日、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれた春の園遊会に参加した三浦さんと木原さん。着物姿で和やかにやり取りする姿や、両陛下に今後の展望を語る一幕が印象的でした。リスナーからも投稿が寄せられました。「木原さんが三浦さんの帯をそっと直してあげるシーンがあり、ほっこりしました。今年の流行語大賞は、よほどのことがないかぎり『りくりゅう』でしょうね」(Aさん)「人と人との出会いの妙や諦めない気持ちを教えてくれた、記憶にも残るおふたりですよね。ここからのご活躍を願ってやみません」(Bさん)石塚「お着物姿が、本当に素敵でしたよね」引退後の活動について尋ねられたふたりは、今後は競技としてのフィギュアスケートペアを広く知ってもらえるよう新たに挑戦したいと語りました。スケートの歴史スケートはもともと、18世紀ごろにオランダで自然発生的に生まれたスポーツと言われています。石塚「冬に川や運河が凍るので、そこでみんなが遊んでいたのがスケートの始まりみたいです。その内にどっちがより速いかを競ったり、どっちがより優雅に滑ることができるかを競ったりするようになった」こうしてスピードスケートとフィギュアスケートのルーツが誕生しました。19世紀になると、フィギュアスケートは更に洗練されていくことになります。石塚「アメリカのバレエの先生でジャクソン・ヘインズという男性がいて。この方がスケートにダンスのステップや踊りのポーズを取り入れたらいいんじゃないかと思いつくんです」ヘインズ氏はそんなスケートスタイルを広めるため、ヨーロッパに足を運びます。転機があったのはオーストリアのウィーンへ行った時のこと。石塚「ウィーンは音楽の都ですから。音楽も取り入れたらどうだと発展し、ダンスとバレエと音楽とが融合した現在のフィギュアスケートのスタイルが生み出されたんです」ちなみにフィギュアスケートの「フィギュア」は英語で「図形」を指す言葉。滑った後に氷の上に残った跡の美しさから、こう呼ばれるようになったとか。日本のフィギュアを変えたそんな成り立ちで始まったフィギュアスケート。日本で滑走されるようになったのは、1900年前後だと言われています。諸説ありますが、いずれも外国人が滑っているのを見て教えてもらったのが始まりのようです。石塚「日本でフィギュアスケートというと、男子も女子もシングルが得意ですよね。いろいろな有名な選手がいらっしゃいます」フィギュアスケートは男子シングル、女子シングル、ペア、そしてアイスダンスという4つのカテゴリーに分かれていますが、これまでに世界的知名度のある選手が生まれたのはシングル競技ばかりでした。石塚「ペアでも頑張っている方はたくさんいたけど、なかなかシングルに追いつかなかったんですよね」引退表明の会見でりくりゅうのふたりは、「これからはペアを広めていきたい」「日本をペア大国にしたい」と、今後の展望を語りました。アメリカではここで石塚から、さらに興味深い話が。石塚「アメリカのNBCっていう大きなメディアが、このニュースを速報で伝えていたんです」国内のみならず、国外からも大きな注目を集めていたりくりゅう。石塚「その時に『日本のペアの歴史を塗り替えたふたり』という言い方をしていました。少なくとも日本においてペアに関しては、りくりゅうのおふたりが新しい歴史を作ったことには違いありません」現役引退後は、指導者という立場として日本のフィギュア界をけん引していく存在になることでしょう。今後の二人の活躍からも目が離せません。(吉村)