CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」燃えドラch川上・井端のすべらない話シリーズ福留孝介編ドラゴンズ黄金時代を支えた投打の両輪でもあり、97年ドラフト同期でもある川上憲伸、井端弘和が、グラブからマイクに代え、イバケンコンビを結成!燃えドラchというフィールドで球界裏話や同僚、ライバル話を大放出!大好評の川上・井端のすべらない話シリーズ、今回は14年ぶり古巣ドラゴンズへ復帰し、活躍が期待される福留孝介の前編!ドラゴンズ黄金期を一緒に戦った仲間だけに蔵出し話であふれそうだ。まさかのドラゴンズ復帰CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラch久々のイバケンコンビ『すべらない話』、数々のお題目の中からチョイスしたのは、14年ぶりに古巣復帰を果たした福留孝介!まず今回の復帰について、おふたりさんは相当驚いているようで。川上『孝介が戻ってくるってことで正直ねぇ、(ドラゴンズへの復帰は)ないと思っていた』井端『いやあ、オレも思った。阪神で結構なところでやっていたじゃない。家もあっちにあるしね。最後は阪神で終わるものだと』川上『だから必然的に引退後は、監督候補だったりとか、阪神でどんどん幹部になっていくイメージはあったよね。まさか…』家族もある、そして安住の地も選んだ。地位を築き上げ、そして今後の人生を考えれば、阪神で指導者となるのが一番の選択と感じるに違いない。しかし福留は現役を選んだ。まだまだやれるという強い意志で。井端『彼の性格からして、レギュラー狙ってきているよね?周りは一振りにかける代打起用とかを考えると思う。でも、彼の性格からしたら100%ライトもしくはレフトのレギュラーを狙いにきている。若い選手にはすごい刺激になって良いと思うよ』川上『うん、そうだね。決して孝介が若い選手を教えていくとかではなくて、自分がレギュラー争いに勝ち残って、ライトとかレフトのポジションをモノにしていくと考えていくんだろうなぁと思うよね』プロ入り前、同僚になっていたかもしれない3人CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラchそして話は25年以上前へ遡る。二人の福留との出会い、話し始めると意外な共通点が存在した。川上『実はねオレ、孝介を19の時から知っているのよ。大学一年の時、全日本代表に選ばれたのね。唯一、孝介が社会人一年目でいて。アトランタ五輪に向けての強化合宿で沖縄にいたのよ。その時からオレには一切話しかけてもくれなかったと、眼中にないという感じ(苦笑)』井端『オレもね、孝介と縁があるのかないのか分からないけど、(高校卒業後)日本生命行ったでしょ。オレももしプロへ行かなかったら、日本生命に行くつもりだったの』川上『えっ!?一緒じゃん!オレも!』井端『そうなの?』当時、憲伸さんはすでに逆指名でのプロ入りが噂されていたため、早めの返事を求められていた。井端さんもプロ入り優先で指名がなければお世話になるつもりだったという。可能性は低かったものの、3人が社会人で同じユニフォームを着ていたかもしれないのだ。井端『都市対抗に日本生命出ていてチームが東京に来ていた時、オレも練習に参加してた』川上『食事とか(笑)』井端『そう!食事とか(笑)』おっと!今では笑って話せるプロ野球“栄養問題”!そりゃ、大人の付き合い。メシでも食いに行こうってなるよね!井端『オレ初めて銀座の寿司を食べた!憲伸もあったでしょ?食事(笑)。日本生命ね、寿司大好きなのよ!』川上『行ったような気がする!監督とかはいなかったけどね』井端『寿司一緒に行って、“都市対抗出たら、こういうところ行けるから”って言われたなぁ』サンタクロースの福留さんCBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラchあこがれだった銀座での寿司接待から宿舎へ帰った井端さん。そこで見たのは驚く福留の姿であった。井端『ご飯食べて帰ってきて宿舎に行ったら、孝介がゴミ袋にユニフォームを大量に入れて、サンタクロース状態で帰ってきている姿を見かけたの。で、思ったね!孝介でも洗濯していたんだって。社会人野球って、ノンプロって言われるぐらいだから、練習は別にして、試合用はクリーニング出すのかなって思ったけど、上の人の分も併せて、全部していたからね』皆さん、目をつぶって想像して欲しい、福留サンタクロースを。…………プっ!(笑)では、ひと笑いしたところで先に進みましょう!川上『後にも先にも孝介がサンタクロースになるっていうのは…それで終わっとるよね(笑)。プロではないよね』毎日早出特守キャンプ祭CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラchそして憲伸さんが何気に話した話から、井端さんに変化が!川上『そういえばイバは前に言っていたけど、孝介のボール拾いさせられたんでしょ?(地獄のキャンプ編参照)』井端『そう、そう!で、オレが先にプロに入って、一年後に孝介が入ってきたでしょ?オレ、今だから怒ったように言うけど…』井端さん、着火!突如過去の怨念が蘇り、激白の幕は開いたのであった!井端『2年目の時は一軍キャンプだったのよ。その時、高代コーチに“お前なんで一軍キャンプに呼ばれたか知ってるか?”って言われたの。“福留がノック受けるの、一人だと大変だろ?だからお前一緒に受けるために二軍から呼んだんだ”ってね』これはつらい。今では完全にパワハラ?いやモラハラ?そして、ここから始まるイバチンの“毎日早出特守キャンプ祭”川上『特守続けていても、イバってキャンプ中に絶対いなくなっていたよね?』井端『そう!きっちりキャンプが終わったら二軍に行くの!あれがねぇ、ショックで仕方なかったね!』川上『久慈さんがセカンドに回っていたんだよな。ショートのポジションを明け渡したから、孝介一人だったんやな』井端『当時一軍に若い内野手がいなかったのよ。久慈さん、立浪さん、神野さん、渡邊さんとかで。その所に当てはめる選手がいないから。きっちりそれだけの要員で呼ばれるってヤツ』井端『孝介は特打とかあるわけ。オレ、一カ月いて特打ゼロだったからね!もう完全に守備要員っていうか。孝介がノックを受ける時の疲れない要員?(苦笑)。一人でノック受けると疲れて大変だからっていう』川上『完全にマネージャー仕事ですねぇー』激白!“オレ、今日は言うよ!”CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラchそして、その時は訪れた。井端『高代さんももうドラゴンズにいないし、今日は言うよ!』川上『言って!言って!言っちゃおう!』どうにも腹に据えかねるものがあったようだ。もう我慢できない!さあ!お待たせしました!語ってもらいましょう!井端弘和、激白タイムっ!井端『星野監督たまに来るでしょ?早朝特守に。高代さんのノックは一目で分かるっ!孝介に優しく、オレに厳しくだから!』川上『孝介の場合はアドバイス受けながら、ゆっくりノックするけど、イバの場合は一切アドバイスなく、ノック受け続けだったよね!』井端『右に左にノックのあられ!』川上『イバの場合はサードからセカンドまで広い範囲に振られているのにも関わらず、孝介はほぼほぼショートの定位置しか振られていなかったもん(笑)』特守というより、傍目から見れば異常に映ったに違いないふたりへのノック(笑)。井端『本当にね、孝介には心地よい感じの範囲しかノック打っていなかったから』川上『孝介が疲れたら、イバを動かしていたよね』井端『オレが“もう一本!”とか言って2、3本ノック受けると、孝介は休めるでしょ』川上『逆に言ったら、“孝介お付き合いノック”のおかげでかなり体力がついたよね!』井端『ついたね!(笑)』井端、ゴールデングラブ賞7回に輝いた守備職人の原点はここにあり!なつかしのティム・アンローCBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラch井端『次の年もまた同じように一軍キャンプで一緒に毎日ノックを受けて、“またお付き合い要員かよ”と思っていたの。ちょっと不貞腐れながら。そうしたら、ティム・アンローって覚えてる?ゴメスが抜けて、その穴を埋めるために呼ばれた元メジャーリーガー』川上『ティム・アンローって…60歳ぐらいのような人に見えた人だっけ?』井端『そうそう!よれよれのおじいちゃんみたいな人(笑)』川上『あの人、メジャーリーガーって絶対ウソだよね!パっと見た時にドミニカから来たコーチかなと思ったもん』知らない人が多いと思うので、まずはティム・アンローのプロフィールを。1970年アメリカ・イリノイ州生まれ。2001年にドラゴンズ入団だから、当時31歳ね。60歳のおじいちゃんでもなく、ドミニカ人でもない。“前年に退団したレオ・ゴメスの穴を埋める存在として期待され、入団当初は「日本の投手に慣れさえすれば、日本でうまくやっていく自信はある」と語っていた。また当時監督だった星野仙一はロバート・ローズ級の活躍が出来ると太鼓判を押していた。ところが、シーズンが始まっても中軸はおろか一軍に上がることさえままならず、結局5月にゴメスを復帰させることになった。わずか4試合の出場に終わり、わずか1安打しか打てず、シーズン中の8月2日に退団となった。”(Wikipediaより引用)井端『サードでオープン戦入っても不調だったの』川上『ティム・アンローって、ずっとバッティング悪かったよな?』井端『普通、助っ人で呼んでいたら開幕使うでしょ?使わなかったのよ。二軍落ちしたの。あとね、ディンゴ!ディンゴがレフトにいて、その外国人ふたりのおかげで内野も外野もやらされてたの』川上『ライトも守っていたよな』CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」(C)燃えドラch井端『それで、最初はオープン戦からディンゴの終盤の“足要員”にさせられて、それでそのままレフトを守っているうちに、ライトでスタメン起用されたの。あの時左バッターが多かったのね。関川さん、井上さん、孝介とか。彼らがちょっと不調になって、次の日サード行って、ショート行ってとか、守備位置がたらいまわしにさせられるっていう状態。そこから最初、オレがサードで孝介がショートだったの』そうそう!今回は福留孝介話。まさかのアンロー出現で、福留のこと、コロっと忘れるところだった!井端『そうしたら次の日変わって、オレと、孝介が入れ替わったんだよね。それから孝介の守るポジションがサードに定着していったの。それが開幕して一カ月ぐらいのゴールデンウィークあたりだった。そこから90試合くらい守ったのかな』川上『でもその後、孝介ってレフト行ったよね?』井端『ライトも守ったしね』川上『最後、孝介がバンザイしてサヨナラ負けの試合もあったよね?広島で』井端『あったあった』やっぱり最後はディスりで締めかよっ!(笑)~後編へ続く(竹内茂喜)