中日OB・吉見一起が振り返る。初めて悔しいと思った高2の夏
元中日ドラゴンズ投手の吉見一起さんが、8月22日放送のCBCラジオ『若狭敬一のスポ音』に出演しました。若狭敬一アナウンサーを相手に、甲子園を目指した高校時代を振り返りました。:野球で初めて悔しい思いをした思い出を語ります。
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吉見さんは高1の夏にベンチ入りしましたが、チームは負けてしまいました。
そして3年生が抜け、2年生と1年生の新チームになり、背番号はエースナンバーの1となりました。3年生の先輩と一緒にランニングをしていた吉見さん、その秋に球速は138キロになっていたとか。
しかし春の選抜をかけた大阪大会では準々決勝(ベスト8)かベスト16で負け。相手は上宮太子高校。吉見さんのサヨナラワイルドピッチで負けたそうです。
吉見「ああ終わった、負けたって感じ。あとは全然覚えてなくて。たぶん藤井寺球場。めちゃくちゃ暑くて、陽炎の記憶しかないんですよ」
この人には勝てない
高2になって迎えた春季大会では、またしても上宮太子にコールド負け。
その年の夏、10番だったひとつ上の先輩にエースナンバーを取られてしまったそうです。
この先輩は京都学園大学でノーヒットノーラン、敢闘賞、ベストナインと活躍し、大学生・社会人ドラフトで広島東洋カープに入団した梅原伸亮さん。
吉見「梅原さんがすごい成長して球が速くなったんです。目で見てうわっ速いなと思うぐらい」
この頃には吉見さんの球速も140キロ出ていたそうですが、梅原さんはそれを上回る成長。
吉見「勝てないと思いました。で、背番号10番でした」
まさかの先発
2年生の夏、甲子園をかけた1回戦は寝屋川球場で行われました。相手は強い大阪産業大学付属高校(大産大付属)。
吉見「当然梅原さんが投げると思ったら、まさかの吉見一起先発ですよ」
結果は9対11で負け。
吉見「吉見一起、9回11失点完投。なんで変えへんの?と思いながら投げてました」
若狭「梅原さんの夏、どこ行った?」
吉見「そうなんですよ。そこはなんでかはわからない。監督さんの考えがあったんでしょうね」
初めて思った
吉見「すぐ新チームになるじゃないですか。その悔しい気持ちが僕をめちゃくちゃ成長させてくれました」
背番号を貰うもののわけもわからず終わった1年生の夏。秋に自分のワイルドピッチで負け。2年の春は上宮太子にコールド負け。ここまでは負けても特に何も思わなかったそうです。
ところが2年の夏の大会で初めて「悔しい」と思ったという吉見さん。
吉見「恥ずかしいし悔しいなと思った。まず梅原さんに申し訳ないと思ったんです。それがひとつのきっかけではありました」
若狭「だって先輩の夏を終わらせてんだもん」
吉見「しかも投げずで。逆だったらふざけんなですよ」
意識改革、しかし
若狭「先輩の夏を終わらせてしまった。逆に後輩に終わらされた。きっとそんな思いをした球児はこの夏もいっぱいいるんでしょうね」
3年生がいなくなり、新チームで一番上の学年になった吉見さんは考え方を改めたそうです。
吉見「自分がなんとかしなくちゃいけないという思いで、高校生ながら大事に日々過ごした記憶がありますね」
春の選抜をかけての秋季大会ですが、新チームはとても弱かったそうです。
合宿先の岡山市では岡山南高校と練習試合。後にドラゴンズで一緒になる野本圭さんにライト側に面白いように入れられたとか。
さらにダブルヘッダーで次の試合…。
吉見「サブメンバーが出るじゃないですか。ありえへんぐらい点が開いて途中で試合終わるみたいな」
若狭「すいません、もう無理なんで大阪帰らせてください(笑)」
吉見「新チームはそんなチームでした」
吉見一起さん、野球をやっていて始めて悔しいと思った高2の夏の話でした。
(尾関)
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