思わず都を作りたくなる土地。奈良・斑鳩の法輪寺はどんな寺?
毎週木曜日のCBCラジオ『ドラ魂キング』では、仏像巡りが趣味の佐藤楠大アナウンサーが、脚を運んで現地で見た仏像についてレポートしています。8月20日の放送では、奈良の八つのお寺にある十一面観音を巡る八十八面観音巡りの最終章として、奈良県生駒郡斑鳩町の法輪寺について語りました。
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佐藤「始まれば終わりがある。寂しいですね。ついに八十八面観音巡礼、最後の法輪寺です」
法輪寺があるのは奈良市街地から少し離れた法隆寺のある生駒郡斑鳩町。
JR関西本線の法隆寺駅から徒歩でおよそ35分。ちなみに佐藤は法隆寺駅でレンタカーを借りたそうで、法隆寺の町を北の方に行って車で10分ほどだったとか。
バスの場合は近鉄橿原線の筒井駅または近鉄郡山駅から乗車して中宮寺前下車、さらに徒歩で約15分です。
都を作りたくなる土地
日本で初めて世界文化遺産に登録されたのが姫路城と法隆寺地域の仏教建造物。法隆寺と同じエリアにある法起寺も含まれています。
今回紹介する法輪寺は、法隆寺と法起寺の間ぐらいに位置する寺だそうです。
法輪寺のある斑鳩は、聖徳太子(厩戸王)が飛鳥から都を移した場所で、信仰の中心地的な場所になったとか。
斑鳩の地は、北に松尾山、東を富雄川、西を竜田川。南には富雄川と竜田川が流れ込む大きな大和川に囲まれています。
「斑鳩の少し高いところからは奈良盆地の平野がワーッと見えて自然豊かな場所なので、聖徳太子がここに都を作りたいなと言う気持ちもなんとなくわかりました」
JR法隆寺駅は大阪からは電車で40分、奈良からは10分ほどとアクセス良好です。
聖徳太子は自然が豊かでアクセスがいいからこそこの地に都を移したのではないかと思いを馳せる佐藤。
とにかく古い法輪寺
「資料が少ししか残ってないんで発掘調査に頼るしかない。7世紀中頃には存在していたことは間違いないということです」
7世紀中頃ということは法隆寺や法起寺と同じような時代。
聖徳太子の子・山背大兄王の創建とも伝えられているそうです。
「とても歴史のあるお寺だとわかっていただけたらいいと思います」
法輪寺には「三井寺」との別名があります。聖徳太子が飛鳥の都から斑鳩に三つの井戸を移したと言う伝説があることからそう呼ばれているとか。
「全然知らなくて、行ったら法輪寺のすぐそばに聖徳太子がここに移したという井戸が一つ残ってるんです」
復活した三重塔
法輪寺のメインの一つは三重塔。法隆寺の五重塔。法起寺の三重塔。そして法輪寺の三重塔を合わせて斑鳩三塔と呼ばれているそうです。
斑鳩三塔は国宝にも登録されていましたが、1944年法輪寺の三重塔が落雷により焼失。法輪寺の塔は国宝指定は解除になってしまいます。
太平洋戦争終結が1945年。戦後の混乱期、高度経済成長の物価高騰などの時期を経て、1975年に困難を乗り越えてようやく再建。
「いろんな方々が協力して、また我々の目で見られるようになりました」
引っ張りに引っ張った八十八面観音巡り。やっとたどり着いた最後の寺法輪寺。しかし十一面観音は登場しませんでした。さらに次回へと引っ張る気満々の佐藤楠大でした。
(尾関)
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