「勉強できる=頭がいい」のか?
頭がいい子と聞いて真っ先に思い浮かぶのはテストでいい点数がとれる子、偏差値が高い学校に入学できた子です。しかし『With online』の記事によれば、元教員が考える頭のいい子はそういう子ではないようです。7月31日放送のCBCラジオ『北野誠のズバリ』ではこの記事を基に、北野誠と氏田朋子がトークを展開します。
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この記事をradiko(ラジコ)で聴く頭のいい人が作った国は…
まず、北野はある疑問を呈します。
北野「一般に、いい大学を出ていたら頭がいいという印象を持ちます。頭のいいやつが国家を運営して『失われた30年』といって、あまりみんなが幸せを感じていないのは、頭がいいやつが何かやってももうひとつなんやなぁ、とわかりません?」
偏差値が高くて、キャリアと呼ばれる官僚や政治家は東大卒が圧倒的に多いそう。
そんな人たちが頭を絞っても「失われた30年」。いま日本国民が疲弊してることを考えたら、いい大学を出たところで、みんなを幸せにできるわけではない、ということなのでしょう。
勉強ができる子とは
この記事によると、能力はひとつの物差しでは測れないというということです。
「勉強ができる」ということは、決められたものを決められた方法でしっかりできることに過ぎません。与えられた課題を最短距離でルールに則って正解に結びつくことができるのが、教育現場における「頭がいい」ということです。
しかし学校ではゲームの巧さは評価されず、大阪以外で他人を笑わす子が評価されることはない、と北野。
氏田「朝の会とかでめっちゃ笑わす子がいましたね」
氏田も北野も大阪生まれです。
北野「大阪の学級委員は、1学期は頭のいい子、2学期は運動のできる子、3学期は面白い子という役割ができてました。
秋は体育祭があるので、運動神経のいい子が体育委員長やったり学級委員やったり、学校の行事が多いんです。4月から夏休み前までは純粋に頭のよさそうなやつが選ばれてました。
僕は3学期の委員長が多く、それは卒業茶話会とかやたらあるからです。冬休みから3月まで行事が多いんですよ。僕、3学期タイプでした」
さらに「大阪はええなと思うのは、面白いことを認めてもらえる地域だったんですよ。他の地域ではあまり認められてない」と続けます。
柔らかい人
では北野にとって、どんな人が「頭がいい」のでしょうか?
北野「学校の頭のいいは偏差値で計ることになりますが、本当に頭がいいと僕が思うのは、頭のいい人は当りが柔らかい人やと思うんです。頭は回転力も大事ですけど、考え方が柔軟な人がいい。頭のいい人は人付き合いの中で揉めないです」
また、北野はこうも言います。
「日本は出た大学でその人の人格がわかるように思われがちですが、そうとは限らない。テレビ局もいい大学出の人が多いです。めっちゃいい大学入って放送局入って、それを自慢げに語る人と、たおやかに楽しくやっている人と、全然印象が違います。
頭のよさをマウント取らないでいかに柔らかく伝えて、あ、この人信頼できると思わす人が頭いいと思います。その人の持っている人間性は学校では評価されませんからね」
そして最後に「もし、うちの子はおもろいばっかりで全然何も勉強できないで、という人は大阪に引っ越ししてください」と呼びかけます。
その人の個性に合った環境で育てることも大事と付け加えました。
兄弟の差
この件に対するリアクションが届きました。
「高校三年の上の子は、中学までテストで95点を取れ、現在は京大を狙える位置にいるものの、ひと通りことしかできないタイプ。
小学校6年の下の子はテストは85点くらい。同じことに対して何通りもの方法を変えるタイプです。
上の子はテストを間違えると悔やみ。下の子は『まちがえちゃったなー』と簡単に言います。上の子は一つの道をまっすぐ突き進み、成果を積み上げ、下の子はいろんなことを試しながら楽しむタイプです。
将来に対して安心して見られるのは下の子だと思います。勉強ができるのと頭がいいというのは別ものだと子育てしているとわかります」(Aさん)
氏田「兄弟でもまったく違ったりしますね。でも、上の子みたいにコツコツしてという努力をする子も素晴らしいから報われてほしいなと思いますね」
北野「頭がいいのは全然いいんですよ、それを鼻にかけなければ」
頭がいいとは、勉強ができるだけでなく、それが自然とにじみでるような人間性が加わるといいようです。
(みず)
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