名前がカッコイイ。奈良県・海龍王寺ってどんなお寺?
毎週木曜日のCBCラジオ『ドラ魂キング』では、仏像巡りが趣味の佐藤楠大アナウンサーが、脚を運んで現地で見た仏像についてレポートしています。7月23日の放送では、奈良県の海龍王寺を紹介しました。ここにある十一面観音について語ります。
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佐藤「ここまでは奈良県南部の少林寺、室生寺、長谷寺。奈良市にある大安寺、法華寺 。五つのお寺を周りました」
今回の海龍王寺は法華寺から歩いて10分かからない距離にあるそうです。
法華寺のすぐそばのタイムズの駐車場から、佐藤の足で5分ほど経った距離だったとか。どっかの寺を行ったら必ず片方も行ってくださいと言う距離感。
佐藤はまず法華寺に行き、その足で海龍王寺へ。
佐藤「海龍王寺の前にも小さい駐車場があったんですが、そっちに停めて法華寺に行くとがバチ当たりそうじゃないですか」
タイムスリップしたかも
背の低い塀に囲まれた海龍王寺。入り口の門をくぐると、メインの本堂までの道は両サイドが背の高い草木に囲まれていたそうです。本堂までは佐藤の体感で100メートル弱。
佐藤「結構歩くんです。そこだけ時代が止まったようでした。市街地から入って行くんですが、本堂の前に出た時にタイムスリップしたような不思議な雰囲気がありました」
海龍王寺。海、龍、王。鳥山明原作『ドラゴンボール』のようなカッコイイ名前です。なぜこの名前なのでしょうか?
お寺でもらったパンフレットの由来を佐藤がまとめて紹介しました。
教科書で習った年
平城京に都が遷る時代の話。平城京遷都は710年。
藤原鎌足の息子で光明皇后の父である藤原不比等が飛鳥時代に土師氏からこの土地を譲り受けたそうです。
そこに家を建てた際、北東の位置にあった寺院は壊さずに残したんだとか。それが海龍王寺の前身。
佐藤「家の中に個人的なお寺があったと考えていただければいいと思います」
やがて光明皇后が相続して住むことになったんだとか。光明皇后は藤原不比等の娘で、聖武天皇の妻です。
お経のおかげ
その時代、玄昉という名前の唐に留学した優秀なお坊さんがいました。
光明皇后は、玄昉が唐から素晴らしい仏教の教えを日本に持ち帰ってくれるに違いないと期待していたそうです。
玄昉が無事に帰国することを祈るために、自分の家の中にあった寺院を整備したのが、海龍王寺の今の姿だそうです。
玄昉帰国の途。海が荒れた時に唱えていたお経が海龍王経。寺院を任された玄昉が、海龍王経のおかげで無事に帰って来られたので、海龍王寺という名前をつけたそうです。
海龍王経の海龍王とはその名の通り海の神。仏教における海の守り神であり、浦島太郎が行った竜宮城の主人とも言われていたとか。
話の核心部は?
佐藤「で、本題。ここまでつらつらしゃべりましたけど。十一面観音の話は今日はしません」
十一面観音が目当てで行った佐藤ですが、あらたに注目して欲しい物を見つけたそうです。それが4メートルの五重塔。
ちなみに奈良県・法隆寺の五重塔は約31.5メートル。日本一高い五重塔は京都府・東寺の五重塔で約55メートル。二番目に高いのが奈良県・興福寺の五重塔で約51メートルです。
海龍王寺の五重塔がいかに小さいかが分かります。国内最小でしかも国宝建造物。奈良時代前期に作られたものだそうです。
佐藤「なぜ4メートルなのか?また来週」
どうやら十一面観音巡り海龍王寺編は三部作ぐらいまで伸ばすつもりのようです。
(尾関)
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