日本の景気は聖徳太子とともに去った?
CBCラジオ『つボイノリオの聞けば聞くほど』。7月24日の放送では、お札が聖徳太子だった頃は景気が良かった、という話を紹介する投稿が寄せられ、つボイノリオと小高直子アナウンサーが語り合いました。話は聖徳太子の人物像から、地名の由来にまで広がります。
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この記事をradiko(ラジコ)で聴くお札の肖像画が景気を左右する?
「Facebookの過去の記事を読んでおりますと、3年前の今日、あることが書いてありました。その日、NHKで聖徳太子の特集が放送されたようなんです」(Aさん)
その記事によると、番組の出演者のひとりが「お札の肖像画が聖徳太子の頃は景気が良かった、聖徳太子から変わって景気が悪くなった」と話していたそうです。
「これを読んで、そうなのかと思って検索したら、1万円札が変わったのは昭和59年で、1984年。合ってますかね」(Aさん)
聖徳太子を肖像にした1万円札が発行されたのは1958年12月1日。その後、1984年に福沢諭吉の新1万円札が発行されて肖像が切り替わり、聖徳太子の1万円札は1986年に支払い停止となりました。
聖徳太子よ、もう一度
「聖徳太子の力で、日本経済が持っていたみたいなことを当時の人は言っていたみたいです」(Aさん)
平成の終わり頃から聖徳太子が雑に扱われるようになった、素晴らしい人だと習った昭和世代として残念でならない、とAさんは嘆きます。
「だから、もしかしたらお札に聖徳太子を復活させたら景気も良くなるんじゃないかなと妄想しております」(Aさん)
聖徳太子はグループだった?
つボイ「あの頃から時代が変わってて、例えば織田信長とか源頼朝とか。僕らが教科書で見るようなあれが、『実はね、違いますよ』というようなことで。聖徳太子もそのなかに含まれているような気がしました」
こうした歴史上の人物は、教科書で教わってきた人物像が近年の研究で見直されつつあります。
小高「実在してない論もあるもんね。グループ名やったんじゃないかみたいなね」
つボイ「僕らが思っていたこの聖徳太子ってのは、7人か8人の人の言葉を一斉に聞き分けることができるとか。いろいろあって、すごいなと思ってました」
そんな超人的な逸話も含め、聖徳太子をめぐるイメージは以前とは変わりつつあるようです。
太子〇〇の由来を推理
つボイは歴史をたどりながら、物部氏との戦いに触れます。
物部氏は日本古来の神道を大事にしようという立場、対する聖徳太子は朝鮮から仏教を入れようという立場。宗教戦争のような争いの末、聖徳太子の一派が物部氏を滅ぼし、その領土を手に入れたとされています。
つボイ「いろんな地方に『太子なんとか』という地名がありますが、あれはひょっとするともともと物部氏の土地であって、それを聖徳太子が収めたんで、新たに太子堂とか太子地域とか、太子神殿とかわかりませんが、そんな名前になったのかなと」
小高「お札の肖像画は偽造防止の観点で、聖徳太子の肖像画は若いからつるんとしてるんで、おじいさんの方がいいぞっていうので変わったっていう理由もひとつあるみたいらしいですよ」
つボイ「しわが多い方がいいわけですね。小高さん、どうですか」
小高「なんやて!」
つボイ「(笑)失礼しました」
(minto)
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