経済小説でありSFであり近代史?書評家おすすめ『トヨタの子』
水曜日の「CBCラジオ #プラス!」は書評家の大矢博子さんが小説などおすすめの新刊を紹介します。7月10日の放送でピックアップしたのは、日本を代表する企業が実名で登場する経済小説、吉川英梨さんの『トヨタの子』(講談社)です。
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この記事をradiko(ラジコ)で聴く一般的な経済小説とは違う
トヨタ自動車全面協力のもと制作された『トヨタの子』の舞台は、そのトヨタ自動車です。
主人公はトヨタ創業者の豊田喜一郎とその孫であり現在の会長・豊田章男。
物語は豊田佐吉氏が創業したトヨタ紡織(のちの豊田自動織機)の中で息子の喜一郎が自動車部を立ち上げるのが始まり。
そこから現在に至るまでのトヨタの歴史が描かれています。
『トヨタの子』はただの経済小説とは違い、現実とは異なる変わった設定が盛り込まれているのが特徴。
なんと章男がタイムリープをし、喜一郎に会いに行くのです。
あらすじ
昭和38年、小学生になったばかりの章男は車に跳ねられます。
一方明治時代の喜一郎少年は、昭和から来たという少年に出会い、ひとときの友情を育みます。
その後成長する喜一郎のもとへ妙なことを言う人が次々現れ、一体何を伝えたかったのか?と疑問に。
中学高校時代の章男は「トヨタの御曹司」と言われて特別扱い、もはや仲間はずれ。友達ができず息苦しい生活を送ります。
ある日、章男は運転中にハンドル操作を誤って横転してしまい、気がつくと誰ともわからないお婆さんの身体の中に入っていました。
時は大正4年。場所はトヨタ紡織の社宅。窓の外を見ると、大学生の喜一郎が。
そこで章男が喜一郎を呼んで…。
時を超えた祖父と孫息子の出会いは一体何を意味するのか、なぜ不思議なことが起きているのか?
SF要素も加わった経済小説です。
経済小説としても読み応え抜群!
大矢さんによると、『トヨタの子』の魅力はただの経済小説ではないところです。
トヨタの歴史が経営者の目から語られており、トヨタの社史として読み応えがあります。
試作第一号車の試作の大変さ、戦後の労働争議、リーマンショックからの赤字転落などトヨタの歴史が綴られ、トヨタが災害、紛争、不景気、差別といった逆風をどう切り抜けていったかが描かれています。
しかしこれはあくまでも小説。微妙に虚実が入り混じっているということなんです。
物語のシーンを検索すると現実とはずらしてあったり、実在しない架空の人物が登場し、経済サスペンスが繰り広げられる場面もあります。
タイムリープ設定で圧倒的面白さに!
大矢さんによると、一番の魅力はタイムリープで祖父と孫が出会う設定です。
異なる時代のふたりの経営者の、それぞれの時代ごとの苦労や葛藤がはっきり浮かび上がります。
喜一郎は新規事業を立ち上げる苦労、章男は御曹司としての苦労。
トヨタとは関係なく一般的な青春小説として楽しめる部分もあります。
また、明治から昭和までの地域の歴史がわかるのもこの小説ならでは。
地震があった場所、戦争中に空襲があった場所など、近代史としても読めます。
一歩間違えると企業の宣伝小説になりかねない内容ですが、タイムリープの設定があることでエンタメとして面白い小説になっているということです。
企業小説としてもSF小説としても、近代史小説としても楽しめる『トヨタの子』。
新たな発見が多く見つかりそうです。
(ランチョンマット先輩)