だから「カレーライス」は、たまらない!~あなたはカレーライス派?それともライスカレー派?
たとえば「カレーライス」。あの、誰もがよく知っているつもりの、食欲をそそる一皿から、実は、政治も、経済も、国際情勢も、文化も、芸能も、そして世代の違いも見えてくるから面白い。そんなモノや出来事を「ニュースなキーワード」と名付けてみた。意外なモノから、想定外の世界を知ることもある。未来への知恵を垣間見ることもある(かもしれない)。そんな「ニュースなキーワード」の数々は、「会議室ではなく、現場に落ちている!」。
「カレーライス」?「ライスカレー」?あなたはどちら?
まずは、世代間の違いを感じる問いかけをしてみたい。「あなたにとって、あの食べ物はカレーライスですか?それともライスカレーですか?」。
先日、ある番組でこの話題を取り上げたところ、若い女性アナウンサーに「ライスカレー?そんな言い方があるんですか?」と言われてショックを受けた。「私はカレーライス派です。ライスカレーってあんまり言いませんもんね」程度のリアクションを予想していたのに、なんと「そんなことば、そもそも聞いたことがない」そうだ。
実は、この国では長い間(おそらく昭和のある時期までは)、あの食べ物はごく普通に「ライスカレー」と呼ばれていた。
実例をいくつか挙げてみよう。夏目漱石の『三四郎』(明治41年)に「ライスカレーをご馳走になった…」という行が出てくる。さらにリアルなのが、正岡子規の日記でもある『仰臥漫録』。明治34年9月のある日の夕食に「ライスカレー三椀、なら漬け…」などとある(皿ではなく椀というところが明治らしい)。1980年代、脚本家・倉本聰は、ドラマのタイトルを『ライスカレー』としている。
カレーは「洋食」?それとも「インド料理」?
多くの日本人は長らく、「カレーは西洋料理」と信じていた。誕生の地はインドなのに…である。
そもそも、インドで各種のスパイスを混ぜて家庭ごとに作られていた料理だが、インドを植民地にしたイギリスが本国に伝え、老舗食品メーカー「C&B」が「カレーパウダー」を開発して売り出したことで、イギリス・スタイルのカレーが定着する。日本には、明治の初め、そのイギリスから「カレー粉」として入ってきた。だから「洋食」だ。
アラジンの魔法のランプのような銀色の容器にカレーを入れてテーブルに…なんぞというシステムも、イギリスを経由していればこそ…である(あの容器、「グレイビーボート」などというのが正式なお名前であるらしい。「グレイビー」は「肉汁」のことで、そもそもソース容器として利用されていた。もちろん、インドでは使われていなかった)。
最近は、インド料理店も増えたうえに、本来のつくり方に則った「スパイスカレー」のブームもやってきている。まさに原点回帰…である。
というわけで、あれを「洋食」と認識しているか、「インド料理」と認識しているか…で、これまた世代の差を知ることになる。
政治の世界で勃発!「カレーライス事件」
時は2018年、東京は永田町で、時ならぬ「カレーライス事件」が勃発した。
3期目の自民党総裁をめざす安倍晋三首相(当時)が、総裁選に勝利すべく開いた出陣式。供されたのは「カレーライス」。それも、ただの「カレー」ではない。「カツ」が乗っているのだ!一段階グレードの高い、世にいう「カツカレー」である(もちろん、「カツ」と「勝つ」の験担ぎであろう)。事件はその直後に起きた。出されたカレーの皿は332人分だったにも関わらず、安倍氏に入った票は329票だったのだ。「カレーだけ食べて、投票しなかった奴がいる!」。一部で大騒ぎになった…らしい。
皿の枚数というやつは、「番町皿屋敷」の「お菊さん」の時代から、下手をすれば人の生き死ににも深く関わるのである!
だから「カレー」はやめられない!
まあ、とにかく、議員の先生方はカレーライスがお好きなのだ。派閥の会合や勉強会で「カレー」というのはよく出るメニューでもある。「皿1枚+スプーン1本」で完結する…というのが、なんといっても都合がいい。何度かそのシーンを目撃したが、食後はあっという間に片付く。片手で食べられるから、資料に目を通しながらの食事も可能だ(このあたりは、カードゲームに興じながら食事ができる…ということで誕生したとされるサンドイッチと似ている)。
が、大前提として、ニッポン人にとって「好き嫌いの少ないメニュー」の筆頭が「カレーライス」だという事実は押さえておきたい。
考えてもみてほしい。安土桃山時代にポルトガルからやってきた「天ぷら」が「家庭料理」の座をいまだにゲットできていないというのに、明治時代から食卓に上り始めた新参者の「カレー」は、すでに確固たる「家庭料理」のポジションをモノにしているのだ!
日本上陸後のカレーは、実にスゴかった!?
日本にやってきたカレーは、あらゆる食材と合体して進化する。麺類と合体して「カレー南蛮」「カレーうどん」に、パンと仲良くなって「カレーパン」になった。「スープカレー」にも、「焼きカレー」にも変化(へんげ)する。
食材だけではない。(いささか無理筋な言い方ではあるが)「ダム」と合体して「ダムカレー」に、「朝」と合体して「朝カレー」になった。ダムのように盛り付ける不思議なカレーのブームを巻き起こしたかと思えば、朝っぱらから濃厚なカレーを食べるのに抵抗のない新たな時代も築き上げた。
素晴らしいではないか!実にキャパが広い。最近のキーワード「分断」なんて関係のない世界がそこに存在しているのだ。人類、カレー様を見習うべきである。
しかも数年前、「レトルト」の市場規模が「ルウ」のそれを抜いた。夫婦共稼ぎ、時短ブーム、単身世帯の増加など、時代の要求にもカレーは見事にこたえている。さらに、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が認定する「宇宙日本食」にも、レトルトのカレーは選ばれている。インド、イギリス、日本の次は、なんと「宇宙」…なのである。
***
カレーをめぐっては「福神漬け派?らっきょう派?」や「ライス派?ナン派?」など様々な議論(?)も可能でもある。が、このテーマはまたの機会にさせていただきたい。ライスカレーが、おっと、カレーライスが無性に食べたくなってきた…。ということで、本日はこれまで!
『実はニュースなキーワード』(1)「カレーライス」
【CBCテレビ特別解説委員・石塚元章(いしづか・もとあき)】