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名物パーソナリティの番組終了に他局からエール

名物パーソナリティの番組終了に他局からエール

年に2回、4月と10月はラジオの改編期といって、いくつかの番組が入れ替わる時期ですが、この9月もいくつかの番組が終了することになりました。9月29日放送『つボイノリオの聞けば聞くほど』では、つボイノリオと小高直子アナウンサーが、名物DJの番組終了に関するおたよりを紹介しました。(画像はイメージです/写真AC)

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還暦を機に引退

まずは東海地方を中心に活躍されていたタレントの神野三枝さんが9月25日をもって引退。ラジオ番組も終了となりました。

「神野三枝さんが25日で引退されました。その中でラジオDJの仕事をやりたくなったきっかけが、つボイノリオさんのラジオ番組を聞いたことだったと話しておられました。

家庭の事情でつらかった小学3年生ぐらいの時、夜こっそりラジオを聴いて笑っていた幸せな時間。ラジオのしゃべり手になり、みんなを励ましたいと思ったそうです。

神野さんと同年代で、学校をよくサボっていた私もラジオをよく聴いていたから、嫌な気持ちが楽しい気持ちになったという神野さんの心情がよくわかりました。つボイノリオさんは、当時からやっぱりすごかった!

そして、そのつボイさんと同じ時間に新聞のラジオ番組欄に並んでいることがとても夢みたいだと話されておりました」(Aさん)

実は神野さんは、先週まで『聞けば』の裏番組を担当。還暦を機に引退を決意されたそうですが、つボイは「神野さん、もっぺんやってくださいよ」と、かつての裏番組のパーソナリティを務めた神野さんにエールを送りました。
 

50年以上続いた朝の番組が終了

そして、関西では50年近く平日の朝に放送され、2年半前からは土曜日のみの放送となっていましたが、『ありがとう浜村淳です』(MBSラジオ)が26日に終了しました。
地域は異なりますが、こちらも長年、『聞けば』の裏で放送されていた番組でした。

「他局のラジオ番組ではありますが、尼崎育ちの小高さんや京都で番組をやっていたつボイさんにもおなじみの『ありがとう浜村淳です』が52年の放送に幕を閉じました。
あの番組の時報後のフレーズ、『一番に入れるスイッチ何でしょう』が好きでした。

私の友達が番組に出演して、ペラペラ話していたのは7年前。アシスタントが桜井一枝さんで、耳をロバみたいにして聴いていたなあ。91歳の浜村淳さん、おつかれさまでした」(Bさん)

解説を聞いて映画を観に行くと…

浜村さんといえば映画解説で有名でしたが、ラジオで浜村さんの話を聞いて実際に映画を見に行くと、浜村さんから聞いた話の方が面白かったということも。

小高「『ありがとう』は平日の午前中の放送だったので、学校に行かないかんから聞けなかったんですけど、土曜に『サタディ・バチョン』(ラジオ大阪)で映画解説をされてて。

衝撃だったのは、その時『小公女』の映画が公開されてて、内容の説明をずっとするんですけど、『お父さんが事業に失敗して、学校で一番良い部屋から小屋の屋根裏に移り、先生からも同僚からもいじめられて云々かんぬん…』って。

どこまでしゃべるかと思ったら、最後、屋根裏部屋の窓から猿が入ってきて、『どこから来たの?』って、『ほとんど最後やん、それ!』っていう(笑)。でも、そこまでがめちゃくちゃ面白かったです」

「浜村さんが話した先には、エンドロールしか残っていない」と言われることがありますが、まさに聴かせるしゃべりそのものといったところです。
(岡本)
 

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