CBC宮部和裕アナがたどる名字のルーツ、戦国の侍・宮部継潤との縁
CBCラジオ『ドラ魂キング』、「趣味コレ」は、各曜日のパーソナリティの趣味にフォーカスしたコーナーです。5月13日の放送では、宮部和裕アナウンサーが「名字」をテーマに、日本全国の名字事情から自身のルーツを求めて訪れた滋賀県長浜市の宮部村までを熱く語りました。
関連リンク
この記事をradiko(ラジコ)で聴く国内の名字は10万種類以上
ゴールデンウィーク中の5月7日、朝日新聞に日本国内の名字に関する記事が掲載されました。
国内の名字は10万種類以上あり、多くは地名や地形に由来するそうです。全国で一番多い名字は「佐藤」で、全体の1.53パーセント、推定194万人ともいわれています。
都道府県別で見ると、北海道や東北で「佐藤」が多いとのこと。2番目に多いのは「鈴木」で、静岡や茨城をはじめ、関東や中部地方に多い名字です。
佐藤vs鈴木のサッカー対決
本名・フルネームでの登録がマナーのFacebookが広まった頃、同じ姓の繋がりからグループができることもありました。
栃木県佐野市は佐藤さんの聖地ともいわれ、「佐藤の会」があります。先々月3月10日の「佐藤の日」には、全国の佐藤さんをおもてなしする恒例イベントが行なわれました。
さらに鈴木姓との「サッカー対決」も。佐藤vs鈴木、名字のプライドをかけた負けられない戦いです。
佐藤さんといえば、グランパスにもいた元日本代表の点取り屋・佐藤寿人さん。鈴木さんといえば、日本代表ゴールキーパーの鈴木彩艶選手がいます。
大河ドラマで知った宮部継潤
ここで話題は、宮部自身のルーツに移ります。きっかけになったのが、大河ドラマ『豊臣兄弟!』でした。
豊臣秀吉と弟・小一郎の物語の中に、宮部継潤(けいじゅん)という侍が登場したのです。
織田家と、越前・朝倉や近江・浅井長政との勢力争いの中で、非常に鍵を握る人物として、口髭を蓄えた宮部継潤が3週にわたって登場しました。
ストーリーの中で、秀吉と小一郎にはこどもがいないため、大切な甥っ子・4歳の万丸(よろずまる)を宮部継潤の養子にするという展開がありました。
「3ヶ月1度も泣いておりませぬ」
養子に出した側にとっては涙、涙の場面。事実上の人質ともいえる養子に出さなければならない、政治的な決断です。
のちの豊臣家である羽柴家と再会した時、預かった側の宮部継潤がかけたのはこんな言葉でした。
「ご安心ください。大切なお子は3ヶ月、一度も泣いておりませぬ」
その言葉に宮部は感嘆します。
宮部「さすが宮部!」
安藤渚七「継潤さんね。そこまで言わないと、和裕がやったってなっちゃうから」
宮部「違うのよ、宮部の系譜がこのドラマを生んでるんです。強いね。この養子に行った4歳の万丸。事情がわかってるっていうこともあるのかな」
滋賀県長浜市の宮部城跡へ
宮部がゴールデンウィークにめぐった「ビワイチ」の道中、びわ湖の東側にある滋賀県長浜市に立ち寄りました。そこには、宮部継潤が治めた「宮部城」の跡が残っているのです。
宮部は、長浜市にある「宮部」という交差点の標識の写真を、番組のSNSに投稿しました。
交差点の横にあるローソンに車を停めてコーヒーを買いつつ、撮影してきたそうです。
ほど近いところには宮部城跡と宮部神社があり、かつての城主・宮部継潤らを祀っています。豊臣秀吉もこの宮部神社で必勝を祈願したと、神社の中に書かれていたそうです。
血縁だけではないルーツ
さらに調べてわかったことがありました。宮部継潤は元々、琵琶湖の対岸の比叡山の僧兵で、地元を守るために宮部清潤の養子になっていたのです。
宮部「この名字というのは血縁、血の繋がりだけではない。そういった歴史的な経緯があって、それぞれの名字が受け継がれていくんだな、決して血の繋がりだけじゃないんだなっていうことを旧宮部村で学びました」
安藤「宮部継潤が言った『3ヶ月1度も泣いておりません』も、自分もそうだったからこその重みもありますね」
宮部「ちょっと個人的な宮部が過ぎましたが、それぞれのルーツというところにちなんで、見てまいりました」
自身の名字を切り口に、ルーツの旅を語った宮部でした。
(minto)
番組紹介
読んで聴く、新しい習慣。番組内容を編集した記事からラジオ番組を聴いていただける”RadiChubu”。名古屋を拠点とするCBCラジオの番組と連動した、中部地方ならではの記事を配信する情報サイトです。



