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悲劇の王妃ラブレターに思う「新型コロナ」公文書記録の哀しき現状

悲劇の王妃ラブレターに思う「新型コロナ」公文書記録の哀しき現状

フランスから届いたその報せに感動すら覚えた。王妃マリー・アントワネットが関わる話題であったこともあるが、フランス国立公文書館が、彼女が恋人と交わした手紙の中で黒塗りになっていた部分の解読に成功したと発表したのだ。AFP通信(時事)が伝えた。

歳月を越えたラブレターの価値

インクで塗りつぶされていた文章。その手紙は、1789年のフランス革命で夫の国王ルイ16世と共に捕らえられ、やがて処刑台の露と消えるまでの間に、恋人であるフェルセン伯爵とやりとりしたものだ。報道によると、エックス線を用いた技術によってインクの成分を分析して、15通の手紙の内8通について、消されていた内容を明らかにしたという。池田理代子さんの漫画『ベルサイユのばら』で知られる登場人物たちだけに、幽閉生活の中、2人の間でどんな会話がなされていたかにも関心があるが、それ以上に、一部が黒塗りで隠されていたとはいえ、230年も前の王族の手紙が残さていることに感慨を覚える。

公文書を軽んじるのはなぜ?

新型コロナウイルスについて、政府の専門家会議の議事録が作成されていなかったことに疑問の声が出ている。公文書をめぐっての政府の対応については、このところずっと論議の対象となってきた。2011年の東日本大震災の際に原発事故をめぐっての政府の会議議事録がなかったことから、公文書の管理がクローズアップされた。2018年には自衛隊のイラク派遣についての日報が「ない」と言われた後に一転して見つかった。森友学園をめぐっての問題では、財務省による文書の改ざんが発覚した。記憶に新しいのは総理大臣主催の公的行事「桜を見る会」の招待客名簿であり、2019年4月の開催、その9日後にシュレッダーで処分されたと言う。
公文書をめぐる規定の整備については「国の有する諸活動を現在および将来の国民に説明する責務が全うされるため」と目的が明記されている。「将来の国民に説明」という下りが胸に重く刺さる。

後世に残すべき「新型コロナ」記録

今回の新型コロナウイルスへの対応については、公文書管理法ガイドラインに基づく「歴史的緊急事態」に指定されている。「国民の生命や財産に重大な被害が生じるような事案」との言葉は、2020年1月16日に国内で初の感染者が出た時からこれまでの日々を噛みしめれば、まさに「その通り」と国民誰もが思うはずである。将来にまた新たなウイルスの脅威が人類を襲った時に、2020年の記録は間違いなく役に立つはずだ。
当の専門家会議のメンバーからも疑問が投げかけられたこともあってか、政府は発言者名を明記するなど運用を見直す方針だが、そもそも、こうした記録を残すか残さないかという議論が出ることすら首を傾げたくなる。行政における組織が何らか動く際は、当然その過程について記録を残すべきであろう。それは税金を支払う国民に対する責任でもあり、もっと大きく言えば、歴史に対する責任である。将来の人たちに対しての、現在(いま)を生きる我々の責任でもある。その内容が要か不要かは後世の人たちが判断すればいい。

生徒会にも書記がいた

かつて中学時代に、生徒会役員の仕事をしたことがある。役員メンバーの中に「書記」という仕事があって、定期的に開かれる生徒議会の「議事録」をまとめて残していた。そこにはどのクラスの委員が何を発言したのか、ちゃんと書かれていた記憶がある。
文書を残すということは、その保管場所も含めて物理的な対応も必要になる。しかし、データファイル化の技術はめざましく進んでいる。18世紀の手紙を残すよりはかなり容易なはずだ。

歳月を経てもなお保管されていた“私文書”で恋心を暴かれたフランス王妃は、今ごろきっと驚いていることだろう。と同時に、“公文書”を残さないという選択肢が、世界中を席巻しているコロナ禍の中で今なお継続されている国があることにも驚いているかもしれない。
         
【東西南北論説風(171) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

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