闇市から大規模な商店街へ発展!沖縄・那覇の暗渠道から歴史を紐解く旅
ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、川が流れていた場所の上にできた“暗渠道(あんきょみち)”をこよなく愛する道マニアの髙山英男さんが、沖縄県那覇市にある暗渠道から街の歴史を紐解きます。
那覇の中心市街地を流れる「ガーブ川」

髙山さんと一緒に旅をするのは、いつも一視聴者として楽しんでいたミキの昴生。スタジオを飛び出し、髙山さんと一緒に暗渠道を巡ります。
(道マニア・髙山英男さん)
「那覇の市街地には、国場川(こくばがわ)や安里川(あさとがわ)などが流れていて、水を集めながら那覇港、そして東シナ海へと繋がっている。一方で、時代とともに暗渠化された川もある」
約8年ぶりに沖縄を訪れたという髙山さん。本州とは一味違う、沖縄の歴史が垣間見える特別な暗渠道が眠っていると言います。さっそく2人は、県庁前駅から久茂地川(くもじがわ)沿いを北へ進み、暗渠道を目指すことに。

(道マニア・髙山英男さん)
「昔の那覇の地図を見てみると、実はほとんどが海に埋もれていた」
現在の那覇中心部の多くは埋め立てなどによって造られた土地。1700年頃を再現した地図を見ると、那覇は「浮島(うきしま)」と呼ばれる海に浮かぶ島だったことが分かります。

(道マニア・髙山英男さん)
「ここで久茂地川が、『ガーブ川』と二手に分かれる。“ガーブ”とか“ガーブー”は“湿地”という意味」

那覇の中心部を流れ、久茂地川へと注ぐ「ガーブ川」。かつては湿地帯を流れ、今では排水路として街の暮らしと発展を支えています。

ガーブ川沿いを進むと、「ここがガーブ川の開渠と暗渠の境」と髙山さん。暗渠道の上は重い建物を建てられないため、駐輪場や駐車場に使われていることが多く、ガーブ川の暗渠道も駐輪場に使われている場所があります。

さらに、川を地下へ移す際に設置されたボックスカルバートの影響で生じた道路のひび割れも、地下に川が流れる暗渠道を示す重要なサインだという髙山さん。2人はその痕跡に沿って、沖映(おきえい)通りを南へ進みます。
暗渠商店街!?ガーブ川の真上に建つ水上店舗

那覇のメインストリート「国際通り」に辿り着くと、その先に見えるのは「市場本通り」と「むつみ橋商店街」。2つの商店街が並行するように南へ延びています。

(道マニア・髙山英男さん)
「2つの商店街の入口の間にある少し盛り上がっているところは、『むつみ橋』が架かっていた跡」

沖映通りから続くガーブ川の暗渠道は、国際通りに突き当たると、市場本通りとむつみ橋通りの商店街の間を流れるルートへ。そして、商店街の入口にかつて架けられていた橋こそが「むつみ橋」。その名は今も商店街の名前として人々に親しまれています。

ガーブ川を挟むように南へと続く市場本通りとむつみ橋通りは、一見すると一般的なアーケード商店街ですが、ガーブ川の真上に立つ建物には「水上店舗」と書かれた案内が。「1965年、ガーブ川の上に建てられた歴史のある建物です。建物の下には今でも川が流れています」と書かれています。

地元の住民によると、商店街が歪な形をしているのは、川筋に合わせて建物が建てられたからだそう。

また、2つの商店街をつなぐ道は、かつて橋が架かっていた場所にコンクリートを設置し活用したものとのこと。現在も橋の跡には店舗を建てず、ガーブ川が流れていた頃の面影を残す造りになっています。
戦後の闇市がルーツ!?浸水被害を防ぐために暗渠化され発展した商店街

戦前は湿地や畑が広がっていたという、現在の那覇中心部。しかし、空襲によって一面が焼け野原に。戦後には闇市が生まれ、1950年には公設市場が開設されました。
市場に入れなかった商人たちは、ガーブ川沿いに店を構えていましたが、川は度々氾濫し人々を悩ませることに。

そこで那覇市は1962年、浸水被害を防ぐためガーブ川の大規模改修に着手。川幅を広げ護岸を整備し、約1kmにわたって川に蓋をかけていきました。
大雨のたびにガーブ川が氾濫し、商売には不向きだったこの一帯。それでも商人たちは逆境を乗り越え、その上に街の賑わいを築いていきました。
次回は、さらにディープな沖縄の暗渠道が登場!琉球王国時代、国王に献上された水が流れる歴史ある川跡を巡ります。
CBCテレビ「道との遭遇」2026年8月11日(火)午後11時56分放送より





