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歴代藩主がお墓参りに使っていた!?大分県にある“特異な形をした正体不明の廃隧道”を調査

歴代藩主がお墓参りに使っていた!?大分県にある“特異な形をした正体不明の廃隧道”を調査
CBCテレビ『道との遭遇』

ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、全国800か所以上の道を巡ってきた道マニアの石井あつこさんが、大分県にある“廃隧道”を巡ります。※廃道は危険ですので、むやみに立ち入らないでください。

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【動画】「今まで見てきた隧道と違う」コンクリートの壁や丸太も…“異形な隧道”が造られた理由はこちら【15分55秒~】

特異な形をしている!?竹田市に眠る廃隧道を調査

CBCテレビ『道との遭遇』

石井さんが訪れたのは、大分県の南西部に位置する竹田市(たけたし)。大分県は全国で最もトンネルが多く、その数は577本にのぼります。

(道マニア・石井あつこさん)
「竹田市は“レンコン町”と呼ばれるほど隧道が多い町として知られている。その中でも、明治時代の地形図にも載っている隧道が特異な形状を持っているということで確かめたい」

CBCテレビ『道との遭遇』

竹田市は、阿蘇山の噴火による土砂が降り積もった台地が、川に削り取られてできた起伏の激しい丘陵(きゅうりょう)地形。市内には80本ものトンネルが造られ、穴が多いという独特な様子から“レンコン町”と呼ばれています。

CBCテレビ『道との遭遇』

そんな竹田市には、特殊な形状をしている隧道が存在しているそう。片ヶ瀬(かたかせ)という集落の台地にあるとのことで、さっそく目的の場所を目指します。向かっていると、石碑を3つ発見。一番左に建てられた小さな石碑を見てみると…

(道マニア・石井あつこさん)
「片ヶ瀬の地に明治11年、隧道を穿った、とある。明治11年の隧道と言えば、今から向かう隧道のことだと思うので、その隧道の記念碑かも」

石碑に刻まれた“隧道洞然(どうぜん)”は、隧道が貫通したことを意味し、片ヶ瀬に隧道が造られたことを示す記念碑なのではないか、とのこと。その隧道こそが、これから向かう異形な隧道であると石井さんは考えます。

お墓参りにも使われていた!?異形の隧道を発見

CBCテレビ『道との遭遇』

山に入り分岐した細い道を進むと、目的の隧道を発見!

(道マニア・石井あつこさん)
「今まで見てきた隧道のどの形とも違う。閉塞していないので、通り抜けが可能」

CBCテレビ『道との遭遇』

現れたのは、異形な隧道。坑口の左右にはコンクリートの壁が造られ、その上には丸太が置かれています。そして、一部だけ天井が高く、その高さは約7m。石井さんは、「天井が落ちてしまったかもしれない」と言います。

かつては左右にコンクリートの壁がない天井の低い隧道でしたが、あるとき天井が崩落し、左右も崩れるおそれがあったため、コンクリートで補強。さらに、落石を防ぐためコンクリートの上に木材を渡して落石よけにしていたのではないか、と考察します。

CBCテレビ『道との遭遇』

隧道の中に入ると、「碍子(がいし)があるので、電気が通る時代まで使われていた。地面は滑らないように横に溝を切っている」と石井さん。コンクリートの部分を抜けると天井が低くなり、そのまま進んで外に出ると、馬頭観音像が佇んでいます。

そこから下ること30分。国道502号に合流し、もとの場所へ戻ってきました。隧道の詳細を調べるべく、片ヶ瀬の集落に戻って聞き込みをすることに。

地元の方によると、竹田市はもともと岡藩という藩で、その岡藩の城「岡城」(1185年築城)の8代藩主・中川久貞のお墓が小富士村(こふじむら)にあり、歴代藩主がお墓参りするために使っていたそう。

左右にコンクリートの壁が造られ、天井が高いのは、石井さんの考察通り崩落によるもので、その後コンクリート壁で補強。さらに、その上に木製の落石よけを設置したとのこと。

昭和50年頃まで、上片ヶ瀬の人たちは市道、下片ヶ瀬の人たちは隧道がある道で行き来していましたが、車社会の発達とともに利用者は徐々に減り、廃道となりました。

明治11年竣工「下片ヶ瀬隧道」と判明!江戸時代の古道も

CBCテレビ『道との遭遇』

隧道の謎は解決しましたが、「隧道以前の道の痕跡が残っていないか確認したい」と石井さん。より詳しく調査をするべく、再び隧道へ。

「遠回りだけど使っていた道があってもおかしくない」と、隧道付近を探索します。すると、「四角い石が見える」と人工物を発見。

その石に近づいて観察してみると、「弘化(こうか)とあるので、幕末期のもの。江戸時代のお墓」。他にもいくつかお墓があり、「岡城を見守る形で、お墓が岡城の方を向いている」と続けます。

CBCテレビ『道との遭遇』

さらに、お墓周辺を探索すると、「石垣がある。隧道ができる前に使われていた古道の可能性が高い」と石井さん。江戸時代に使われていたと思われる道を発見し、近くの竹田市立図書館で資料を探すことに。

「別府大学の研究会で出されたものを抜粋して印刷した書籍」と、石井さんがずっと読んでみたかったという、竹田市周辺の隧道について書かれた論文を読み進めると、隧道概念図を発見。

CBCテレビ『道との遭遇』

異形な隧道の名称は、地名にちなみ「下片ヶ瀬(しもかたかせ)隧道」と呼ばれていたことが判明。「素掘りで、全長41.3m、幅員2.4m、隧道高2.0m」とあり、さらに、竣工年は明治10年代以降と書かれていました。

このことから、隧道は石碑の通り明治11年竣工で間違いないのではないかと石井さんは考えます。

CBCテレビ『道との遭遇』

慶応2年に建立された馬頭観音像は、かつては隧道近くではなくお墓の側に安置されていたと記述があったことから、石井さんが見つけた道は江戸時代の古道で間違いないとのこと。

岡城が描かれた古い屏風の下部には、お墓参りへ行くために使われていたと思われる古道が描かれていることも分かりました。

CBCテレビ「道との遭遇」2026年4月14日(火)午後11時56分放送より

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